Enzo FRANCESCOLI

エンツォ・フランチェスコリ

エンツォ・フランチェスコリのフォト
 フルネームエンツォ・フランチェスコリ・
ウリアルテ
 国籍ウルグアイ
 生年月日1961年11月12日
 出身地モンテビデオ
 ポジションMF・FW
 身長・体重180cm・73kg
 個人タイトル1984年南米最優秀選手
(エル・パイース紙)
1995年南米最優秀選手
(エル・パイース紙)
 ワールド杯1986年ベスト16
1990年ベスト16
所属クラブ
1974-83モンテビデオ・ワンダラーズ
1983-86リバープレート(アルゼンチン)
1986-89ラシン・パリ(フランス)
1989-90マルセイユ(フランス)
1990-93カリアリ(イタリア)
1993-94トリノ(イタリア)
1994-97リバープレート(アルゼンチン)

80年代〜90年代にかけて活躍したウルグアイの至宝「エル・プリンシペ」。柔軟なボールタッチからドリブル、得点センスに加え豊かな創造力と優雅さによってファンを熱狂させたスタープレーヤーであり、フランチェスコリのプレーを見た数多くの少年が影響を受け、その後世界最高のファンタジスタとして地位を築くジダンの憧れ的存在でもあった。(ジダン自身の息子にエンツォと名付けている。)

母国のワンダラーズというクラブでキャリアをスタートさせ1983年にアルゼンチン名門リバープレートへ加入、1983年4月24日ウラカン戦にてリーグデビューを飾るとここで素晴らしい活躍を見せ1984年南米最優秀選手にも選出、翌85/86シーズンにはリーグ優勝に大きく貢献した。1986年に欧州へ渡りフランス、イタリアで活躍、欧州で手にしたタイトルは89/90シーズンに在籍したマルセイユのリーグ優勝のみであったが、そのプレーに数多くのファンが熱狂した。1994年にリバープレートへ復帰し3度のリーグ優勝に加え1996年リベルタドーレス杯優勝も果たし南米1の称号を手に入れた。また、この年行われたトヨタ・カップにて来日、ユベントスに敗れはしたが素晴らしい試合を演出している。

1982年2月20日の韓国戦にて代表デビュー、その後不動のアイドルとして君臨し1983年、1987年、1995年と3度のコパ・アメリカ優勝に貢献すると1995年にはフランチェスコリ自身2度目の南米最優秀選手に選出された。ワールド杯では1986年、90年と2大会連続して出場、通算8試合1得点と本来の能力を発揮する事が出来なかったがベスト16進出には貢献している。代表通算72試合15得点。

(01/07/06 Created)(06/08/17 Last updated)
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