Brad FRIEDEL
ブラッド・フリーデル | ||||||||||||||||||
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集中力を切らす事なく常に冷静、巨体に似合わず俊敏な動きでファインセーブを連発する元アメリカ代表守護神。長年メオラ、ケラーといったスターの影に隠れていたが、2002年ワールド杯にてその存在を大きく世界に知らしめた。 ロス名門州立大学UCLA出身のブラッド・フリーデルは大学で全米選手権で優勝するなどの活躍を見せて1992年バルセロナ五輪でも主力として活躍、同年9月2日カナダ戦にフル代表デビューも果たしている。1993年は代表に専念した後翌年デンマークのブロンビーにてプロ契約。ここではカップ戦要員であったが1995年に移籍したトルコ強豪ガラタサライにてレギュラーポジションを獲得し国内カップ優勝に貢献する。1996年より初めて母国のクラブに移って活躍し翌年のリーグ最優秀GKにも選出、その後プレミア名門リバプールへ引き抜かれるがレギュラー獲得に至らず00/01シーズン途中にブラックバーンへ移籍する事となる。ここですぐに不動の地位を確立させ01/02シーズンのリーグカップ優勝のタイトルに大きく貢献、その後も衰えを見せないプレーでチームを牽引する。 21才でむかえた1992年9月カナダ戦にて代表デビューを果たしたブラッド・フリーデルだったが、その存在は常に陽の当たる場所にはなかった。1994年、母国開催となるワールド杯では名手トニー・メオラの控えに終わり1998年ワールド杯では消化試合となる予選グループ最終戦(ユーゴ戦)のみに出場、結局この大会もケーシー・ケラーの控えでしかなかった。しかし2002年ワールド杯を前にケラーの負傷からチャンスを見事にものにすると本大会では不動の守護神として君臨、素晴らしいファインセーブを連発し、中でもグループリーグ地元韓国戦で見せたスーパープレーの数々は世界中にその名を知らしめるものであり、韓国代表監督ヒディンクにも「我々の100パーセントのチャンスを、彼は100パーセント防いで見せた」と最大級の賛辞を送られるほどであった。この活躍から2002年アメリカ最優秀選手にも選出、その後2005年2月にクラブに集中するため代表引退を表明した。代表通算82試合。 余談だが、03/04シーズン2月チャールトン戦においてゴールキーパーながらプロキャリア初となるゴールを記録している。 (03/02/17 Created)(06/09/26 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||