Alain GIRESSE
アラン・ジレス | ||||||||||||||||||
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プラティニ、ティガナと共に黄金の中盤を形成した三銃士の1人がこのアラン・ジレスである。小柄ながら俊敏なドリブルと、体格とは裏腹な強烈なシュートを備え、抜群のサッカーセンスでゲームを組み立てた元フランス代表小さな巨人。 そのキャリアのほとんどをボルドーで過ごすと83/84シーズンからのリーグ連覇に多大なる貢献を果たし、翌年には国内カップ優勝も果たした。ジレス自身も1982年、83年と2年連続のフランス最優秀選手に選出、その後移籍したマルセイユでも3度目の最優秀選手に選出されている。 フランス代表としても1975年9月7日ポーランド戦での代表デビュー以来通算47試合に出場、プラティニ、ティガナ等と共にインテリジェンス溢れるプレーで人々を魅了、2度のワールド杯でチームを上位に押し上げ1984年欧州選手権では母国に初のビッグタイトルをもたらしている。 1982年ワールドカップにおいて、フランスは準決勝まで進出し、迎えた西ドイツ戦、1ー1の同点で延長戦にまで縺れ込んだ。延長戦序盤、ジレスのFKが壁を掠ながらトレゾールにピタリとあい、トレゾールの見事なボレーシュートを演出しフランスが1点リードした。さらに6分後、ジレスが強烈なシュートでダメ押しかと思われた3点目を奪う。しかし延長戦が終了した時のスコアは3ー3であり、決着はPK戦に委ねられた。先行はフランス。ここでジレスが最初に決め、流れを引き戻そうとする。そして西ドイツ3人目のシュティーリケが初めて外し、勝利の女神は今度こそフランスに微笑んだかに見えた。だがフランス4人目のシスと6人目のボッシが西ドイツ守護神シューマッハに止められてしまい、歴史に残る死闘はフランスの敗北をもって終焉した。この年から導入されたPK戦でこのような悲劇を味わったジレスは3位決定戦には出場はしなかったものの、それまでの6試合すべてにフル出場で3得点とフランスのベスト4に大きく貢献した。2年後の地元開催の欧州選手権でもジレスの活躍は素晴らしくフェルナンデスを加えた四銃士で夢の中盤を形成し、溜息が出るほど華麗な「シャンパンサッカー」で初の欧州制覇を果たした。そして1986年ワールドカップでは準々決勝でブラジルとあたり、4年前の西ドイツ戦に負けず劣らずの歴史的な死闘を演じる。ジレスは途中交代しているが、フランスは前回と異なりPK戦で勝利をもぎとる。そして、4年前と同じ準決勝でリベンジを誓い西ドイツと対戦したがここで敗れてしまい、ジレスにとって最後のワールドカップは3位に終わった。 (01/03/15 Created)(03/08/24 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||