Jesper GRONKJAER
イェスパー・グロンキア | ||||||||||||||||||
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躍動感あふれるドリブルからサイドを切り崩し、その突破力は欧州でも屈指、クロスも正確で強力なシュート力も放つデンマーク代表サイドアタッカー。 98/99シーズン、知将オルセンが指揮をしていたアヤックスへ。クライファート等が抜け低迷するチームにあって随所に素晴らしいプレーを見せ、オランダカップ優勝に貢献する。2000年欧州選手権では代表に選ばれ、チーム自体が思うような成績が残せない中、グロンキアは非凡な才能を発揮し幾度もサイドを突き破るプレーを見せて欧州中から注目される事となる。そして00/01シーズン途中、バルセロナなどの数多くのオファーを受けグロンキア自身の希望するプレミア強豪チェルシーへ加入する。01/02シーズン、開幕からスタメンにも名を列ね、その後も主力として活躍、不動の地位を築くがタイトルには見放され、指揮官であるラニエリの去った03/04シーズンを最後に自身もチームを去る事となる。その後バーミンガムを経てアトレティコ・マドリード、そして名将トラパットーニが率いたシュツットガルトへ加入、どのチームにおいてもまずまずのプレーは見せたが大きなインパクトを残せず06/07シーズンより母国にて再起を計る。 代表としては1999年3月27日イタリア戦にてデビュー。以後主力として活躍し2000年欧州選手権にもメンバーに選出され3試合に出場を果たした。2002年ワールド杯欧州予選でも本大会出場に大きく貢献したが、ワールド杯欧州予選最終節を前に膝を負傷、軟骨を傷めたため手術に踏み切った。しかし本番には間に合わせ、ロンメダールとの左右の突破によりベスト16進出の原動力となって活躍した。2004年欧州選手権本大会直前、母親の死という悲しい出来事から本大会第1戦を欠場、しかし2戦目となるブルガリア戦からチームに合流しこの試合で「母へ捧げるゴール」を記録し感動を呼んだ。チームもイタリアやブルガリアを蹴落とし決勝トーナメント進出を果たしチ−ム得点王トマソンと並ぶ素晴らしいパフォーマンスを披露している。 (01/11/19 Created)(06/09/10 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||