HAKAN Sukur
ハカン・シュクル | ||||||||||||||||||||
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トルコ代表歴代最高のストライカーと称される英雄「ボスポラスの雄牛」。全盛期にはトルコのファン・バステンと最大級の評価を得ていた。長身から繰り出されるヘッド、柔軟な足下に高い決定力を備え、ポストプレーに至まで優れた能力を発揮、海外では思うような活躍は出来なかったが、近年大躍進を遂げたトルコ代表はハカン・シュクルを抜きに語る事は出来ないだろう。 弱冠16才の時、地元2部リーグサカルヤシュポールにてキャリアをスタートさせハカン・シュクルはデビューシーズンに6試合4得点を挙げ注目を浴び、その後ブルサシュポールを経て同国強豪ガラタサライへ引き抜かれる。デビューシーズンの92/93シーズンに19得点を挙げリーグ優勝に貢献、更には国内カップ優勝と2冠も達成し、その名を国内外に知らしめる事となった。95/96シーズンにセリエAトリノへ渡り、同シーズン9月10日バリ戦にてセリエA初得点も記録するが、その後は調子に乗れないまま出機会すら失った。しかし、同シーズン中にガラタサライへ復帰すると、それまでの不振が嘘のような活躍振りを見せ96/97シーズンからのリーグ4連覇、自身は96/97シーズン38得点、翌97/98シーズン32得点で2年連続の得点王となっている。更に99/00シーズンにはトルコクラブとしては初となるUEFAカップのタイトルをもたらし、まさにキャリアのピークを迎えた。その後、2度目の挑戦となったセリエAではインテル、パルマとも活躍に至らずガラタサライ時代の指揮官であったフーネス監督率いるブラックバーンでもヘルニアと骨折の影響から目立った活躍には至らなかった。03/04シーズンより覇権奪回のキーマンとしてガラタサライへ復帰するが、ここでは期待通りの健在振りを発揮し05/06シーズンに4シーズン振りのリーグ優勝に貢献している。 代表としてはユース代表として活躍した後、1992年3月25日ルクセンブルク戦にてフル代表デビューを果たし、以後不動のストライカーとしてチームを牽引する。同国初出場となった1996年欧州選手権では得点も挙げられないまま敗れたが続く2000年欧州選手権ではベスト8進出に貢献、中でもベスト8進出を賭けた開催国ベルギー戦での先制点は相手GKデ・ヴィルデの両手に競り勝ってヘディングで押し込むという印象深いものであった。2002年W杯欧州予選ではプレーオフを含め12試合中11試合にフル出場、ゴール数こそ通算5得点と少なめだが、チームに通算勝点7をもたらす貴重なゴールを挙げ12大会振りの本大会出場に大きな役割を果たしたのである。本大会でも全試合に出場し3位躍進に貢献したばかりか3位決定戦となった韓国戦では開始11秒の最速レコードを叩き出しワールド杯の歴史にその名を刻んだのである。2006年現在40を超える得点数を記録しているが、これはトルコ代表最多得点記録であり今尚更新中である。 (01/03/15 Created)(06/10/01 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||