Alan HANSEN
アラン・ハンセン | ||||||||||||||||||
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70年代から80年代、不動のセンターバックとしてリバプール黄金期を支えたスコットランド人プレーヤー。持前の高さと強さで鉄壁の守備を誇れば、素早い攻守の切り替えによって攻撃の起点となり、統率力にも優れた。 幼少の頃からスポーツ万能でありサッカー以外ではゴルフ、バスケット、バレー、スカッシュ等でもズバ抜けたポテンシャルを見せていた。サッカーをプレーする傍らゴルフ等も平行して続けていたが、75/76シーズン、スコットランド2部リーグ優勝をきっかけに脚光を浴び、翌シーズン1部リーグにおいてもズバ抜けたポテンシャルを見せた事で1977年5月、10万ポンドで名門リバプールへ引き抜かれる。1977年9月24日ダービー・カウンティ戦においてプレミア(当時1部リーグ)デビューを果たすと着実に出場機会を増やし、加入1年目にしてチャンピオンズ・カップの栄冠を獲得、決勝の舞台ではトミー・スミスの怪我もあり同年代のトンプソンとCBコンビを組みクラブ・ブルージュを完封している。翌シーズンより不動の地位を確立させ通算8度のリーグ優勝、3度のチャンピオンズ・カップ、2度のFAカップ、3度のリーグカップと数々のタイトルに貢献しチームの黄金期を支えた。また、同郷のダルグリッシュがプレーイングマネージャーとなった1985年からはキャプテンも務めチームを牽引している。1991年、ダルグリッシュの退任と同時にハンセン自身も引退を表明、時を同じくしてリバプールの黄金期は終焉を迎える事となる。リバプール通算623試合出場(内プレミアリーグ通算434試合) 代表デビューは1979年5月19日ウェールズ戦。1982年W杯にも出場したが翌1986年W杯ではメンバーから漏れるなどの不運も経験、リバプールでの活躍を考えれば代表通算出場26試合はあまりにも少な過ぎるキャップ数と言えるだろう。余談だが、引退後はメディアの道へ進み大成功を収めている。 (06/10/04 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||