Jimmy Floyd HASSELBAINK
ジミー・フロイド・ハッセルバインク | ||||||||||||||||||||||
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中短距離から放たれる強烈なシュートを武器に、スピード、得点感覚にも優れた能力を発揮、パワー溢れるプレースタイルが持味の元オランダ代表ストライカー。 オランダのリーグでは1部でプレーするには至らなかったがAZでのプレーを目にしたマヌエル・フェルナンデス(当時カンポマイオレンセ監督)の目にとまりポルトガルリーグへ移るとチームの2部降格を防ぐ活躍を見せる。ここでの活躍もあって1996年強豪ボアビスタへ移籍、得点王争いに絡む活躍を見せその名前を国際的なものにする。(ジャルデウに次いで2位の20得点を記録)その後リーズへ加入、2シーズン過ごして、98/99シーズンの得点王(18得点)のタイトルを含む34ゴールを記録し1999年、推定22億円という移籍金でアトレティコ・マドリードへ加入する。リーグ戦、スペイン国王杯、UEFAカップでチーム総得点の半数を叩き出す活躍を見せ、ヴィエリの抜けた穴を十分過ぎるほど埋める働きを見せた。しかしチームの政治的、経済的問題が本人の意志(残留する事を望んだ)とは異なる形となり00/01シーズンからチェルシー(プレミア)へ移籍する。1シーズン振りに復帰したプレミアにおいて、すぐに素晴らしい活躍を見せ、チーム不調の中23得点を記録、プレミア2度目となる得点王となる。その後も重要な場面で得点を挙げるなど素晴らしい存在感を示したが2004年新指揮官となったモウリーニョの元では構想から外れミドルスブラへ移籍、ここでの働きも素晴らしく、加入1年目からリーグ13得点を挙げた他UEFAカップ出場権獲得に大きく貢献すると迎えた翌シーズンの本大会ではチームを決勝にまで導き、改めてその能力の高さを証明している。 95/96シーズン、カンポマイオレンセ在籍時に記録したシーズン12得点以降現在まで常に2桁得点を記録する実力がありながら、層の厚いオランダ代表では1998年5月のデビューからわずか23試合の出場は余りに少な過ぎる。それでも9得点を記録している事から、もっと多くの出場機会さえあればオランダが2002年W杯出場を逃す事もなかったのだろうが・・・。 (01/08/06 Created)(01/08/12 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||