Gabriel HEINZE

ガブリエル・エインセ

ガブリエル・エインセのフォト
 フルネームガブリエル・イバン・エインセ
 国籍アルゼンチン
 生年月日1978年4月19日
 出身地クレスポ(エントレ・リオス州)
 ポジションDF
 身長・体重178cm・72kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2006年ベスト8
所属クラブ
1982ニューウェルス・オールドボーイズ
1982-94バジャドリッド(スペイン)
1998-99スポルティング・リスボン(ポルトガル)
1999-01バジャドリード(スペイン)
2001-04パリ・サンジェルマン(フランス)
2004-07マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)
2007-レアル・マドリード(スペイン)

強靱な身体とスピードに加えファイティング・スピリット溢れるプレーで左サイドを制するアルゼンチン代表サイドバック。4バック、3バック共に機能し、DFのポジションならばサイドに関わらずそつなくプレーする事が出来る。また、果敢な攻撃参加もエインセの魅力の1つである。

14才でニューウェルスの下部組織に加入し育成されたガブリエル・エインセは1996年、当時チームを率いたサナブリア監督によってチャンスをもらいサン・ロレンソ戦にてトップデビューを果たした。しかし、このチャンスを活かせず、その後チームの財政難からスペイン、バジャドリッドへ移籍するも、出場機会に恵まれず不遇の時を過ごす。レンタルで移籍したポルトガルでも多くのチャンスはもらえず99/00シーズンよりバジャドリッドへ復帰、ここで新指揮官となったアルゼンチン人監督フェラーロとの出会いによって、ようやく日の目を見る事となるのである。1999年9月11日デポルティボ戦にてリーガデビュー、このシーズン18試合に出場しその実力を証明すると、翌シーズンにはフェラーロは去ったもののレギュラ−の座は揺るがず36試合に出場、7位の好成績に大きく貢献する。01/02シーズンよりフランス名門パリSGへ移籍し安定した力を発揮、リーグ最少失点となる24失点に抑え、翌シーズンにはセンターバックとして同郷のポチェッティーノと鉄壁のディフェンスラインを形成した。

2シーズンを過ごしたフランスでの知名度は高いものとなったが世界的にはまだまだ無名、アルゼンチン国内ですら、エインセの存在を知る者は少なかった。だが、エインセ自身にとっても信じられない事が起こる。当時アルゼンチンを率いたビエルサ監督はエインセのヨーロッパでの成長を認め2003年4月30日リビアとの親善試合にて代表に召集したのである。この試合で代表デビューを果たし、同年6月アジア遠征では日本のピッチにも立っている。このアジア遠征で信頼を勝ち取り、その後のW杯予選等レギュラ−として活躍、2004年コパ・アメリカでは全6試合にフル出場し優勝に貢献すると、同年五輪ではオーバーエージ枠でメンバーに選出、主にセンターポジションにて活躍し母国の金メダルに大きく貢献するのである。恩師ビエルサの突然の辞任後もレギュラーとして活躍、2005年には左ひざ十字靱帯を損傷する大怪我を負うも翌年W杯を前に復帰を果たし、W杯本大会では4試合に出場している。

04/05シーズンよりプレミア強豪マンチェスター・ユナイテッドへ加入、2004年9月11日ボルトン戦にてプレミアデビューを果たすとこの試合で得点も記録し、その後もレギュラ−として活躍、残念ながらチームは無冠に終わるもシーズン終了後、ファンによって選出されるチーム最優秀選手に輝いている。翌シーズンは怪我に泣かされたが06/07シーズンには復帰しリーグ制覇に貢献、翌07/08シーズンより強豪レアル・マドリード入りを果たしている。

(05/04/05 Created)(07/12/19 Last updated)
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