Thierry HENRY
ティエリ・アンリ | ||||||||||||||||||
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圧倒的なスピードと決定力は現在世界でも1、2位を争うであろうフランス代表ストライカー。裏へ飛び出す天性の感覚から一瞬にして相手DFを置き去りにすると、冷静かつ的確にゴールの枠をとらえる。愛称ティティ。 ファンバステンに憧れる少年は、すでにモナコのスカウトに注目される存在であり、父親が独占仮契約書にサイン。1990年にクレールフォンテーヌにある国立サッカーセンターINFに入学を果たしここで才能に磨きをかけるとU15フランス代表にも選出されている。その後ベルサイユにて短期間プレーし16才でモナコのユースチームへ入団、数多くの得点を量産する事で当時トップチームの指揮官であったベンゲル監督が注目、94/95シーズンにトップチームに昇格を果たし8月31日ニース戦にてトップデビューを果たした。その後は着実な成長を遂げ96/97シーズンには9得点を記録しフランスリーグ制覇に大きく貢献した。98/99シーズン途中、イタリア強豪ユベントスへ引き抜かれ更なる飛躍が期待されたが、思うような活躍が出来ないまま失意の時を過ごし結局5ケ月在籍18試合3得点、翌シーズンには恩師ベンゲル体制のアーセナルへと活躍の場を移す事となったのである。 アーセナル移籍当初こそイタリアでの失敗を引きずるかのように、思うようなプレーが出来ないでいたが、サポーターに絶大な人気を誇ったイアン・ライトのプレーから学ぶ事で、次第に本来の能力を発揮するようになり通算17得点を挙げる活躍を見せる。2001年FAカップ優勝の原動力となると翌01/02シーズンには祈願のプレミアリーグ制覇に多大なる役割を果たし、アンリ自身も24ゴールを挙げリーグ得点王に輝いた。続く02/03シーズンの覇権こそマンチェスター・Uに譲ったが、得点ランク2位となる24得点を挙げた彼に批判の声が上がるはずもなくこのシーズンのPFA(プロ選手協会)の選出する最優秀選手にも選出、更に2003年フランス最優秀選手にも選出された。翌シーズンには30得点を挙げリーグ優勝に貢献、自身も2度目の得点王獲得と同時にフランス人としては初となるゴールデン・シュ−(ヨーロッパ得点王)の栄冠に輝くと翌04/05シーズン、更に05/06シーズンにもリーグ得点王を獲得しPFA選出史上初となる3度目の最優秀選手にも選出、05/06シーズンチャンピオンズ・リーグでは通算5得点を挙げチームを決勝に導きながら準優勝に終わったのは残念であったがその中で見せたパフォーマンスは、世界最高のストライカーと言うに相応しいものであった。07/08シーズンよりバルセロナへ移籍したがスペインの地でも成功を手に入れる事は間違いないだろう。 1996年Uー19欧州選手権、決勝にて決勝弾を挙げるなどの活躍を見せて優勝に貢献、1997年10月11日南アフリカ戦にてフル代表デビューを果たす。1998年ワールド杯メンバーにも選出、エースストライカー不在の中決勝のブラジル戦以外すべての試合に出場、3得点を挙げ優勝に貢献すると2000年欧州選手権でも3得点を挙げ優勝に貢献して見せた。しかし2002年ワールド杯では本来の能力は影を潜め、2戦目ウルグアイ戦では一発退場から3戦目となるデンマーク戦には出場すら出来ずチームもまさかの予選敗退を屈し、失意のまま帰国する事となったのは残念であった。リベンジに燃える2004年欧州選手権でも2得点は挙げたものの本来の出来には遠く、チームも準々決勝ギリシャ戦にて敗退と残念な結果に終わった。キャリアのピークで迎えた2006年ワールド杯では準々決勝ブラジル戦において貴重な決勝弾を挙げるなどの活躍を見せ準優勝に貢献したが、クラブレベルでの印象が強過ぎる感もあり物足りなさを感じたのは私だけではないだろう。今後ジダン不在のフランス代表を担うプレーヤーであるだけに、代表のピッチでもクラブレベル同様アンリの輝きが期待される所である。 (01/05/28 Created)(07/10/07 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||