Andreas HERZOG
アンドレアス・ヘルツォーク | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
大柄ながら素晴らしい足下のテクニックを擁し、その左足から繰り出される見事なパスによってゲームを支配、得点能力も高く、90年代のオーストリア代表を語る上であのポルスターと並んで称されるスタープレーヤー、通称「アルプスのマラドーナ」。 アドミラ・バッカー、FCビエナを経て1987年より加入したラビット・ウィーンでその才能を開花させ、87/88シーズンのオーストリアリーグ優勝に貢献する。1992年に加入したブレーメンでの初シーズンには名将レーハーゲル監督の元、リーグ優勝に貢献、マリオ・バスラー等とのコンビで観客を魅了した。ブレーメンでの活躍もあって1995年にバイエルン・ミュンヘンへ移籍するがスター揃いのチームの中では持味を発揮出来ず、翌シーズンより再びブレーメンへ復帰した後、古巣ラビッド・ウィーンへ戻り2004年のメジャーリーグサッカーでのプレーを最後に現役を引退。 1988年4月6日ギリシャ戦で代表デビューを飾り、すぐにレギュラーとして活躍、1990年、1998年のW杯に出場した。現役最後となるであろう2002年W杯出場をかけて欧州予選にて奮闘、プレーオフ出場を賭けたイスラエルとの最終戦では起死回生の同点FKを決めるなどの活躍を見せたがトルコとのプレーオフにて敗退、ヘルツォーク自身3度目のW杯出場はならなかった。 その後2002年11月20日ノルウェーとの親善試合にてオーストリア歴代初となる代表100キャップ達成。通算103試合(26得点)のオーストリア最多出場記録を残し代表キャリアを終えた。 (01/08/01 Created)(05/03/12 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||