Andreas HINKEL

アンドレアス・ヒンケル

アンドレアス・ヒンケルのフォト
 フルネームアンドレアス・ヒンケル
 国籍ドイツ
 生年月日1982年3月26日
 出身地バックナング
 ポジションDF・MF
 身長・体重183cm・73kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯なし
所属クラブ
1999-06シュツットガルト
2006-08セビージャ(スペイン)
2007-セルティック(スコットランド)

高い守備能力とスピードを活かした突破力がアンドレアス・ヒンケルの持味。闘争心溢れるプレーで攻守に渡って活躍しシュツットガルト快進撃の原動力となった事でその存在は母国のみならず、欧州トップリーグクラブが注目する存在となった。

10才の時にシュツットガルトのユースへ加入、ここで後にクラブの主軸となるフレブ、ヒルデブランド等と共に技術に磨きをかける。99/00シーズンにトップ昇格を果たしたが、出場機会には恵まれず翌00/01シーズン途中監督に就任した名将マガトの元第22節、2001年2月18日ヘルタ・ベルリン戦にてブンデスリーガデビューを果たす。このシーズン10試合に出場し、着実に経験を積み能力を開花させると翌シーズンには右サイドバックとして不動の地位を確立、30試合に出場し前季降格争いを演じたチームを8位へと押し上げる原動力となった。そして02/03シーズンにも33試合に出場、誰もが想像しなかったリーグ2位という大躍進に大きな役割を果たし、その存在は大きく注目される所となった。03/04シーズン、自身初舞台となったチャンピオンズ・リーグ開幕こそレンジャースの前に敗れたが優勝候補に挙げられるマンチェスター・U戦での勝利により、その評価は更に高いものとなった。06/07シーズンより加入したセビージャではダニエル・アウヴェスの陰に隠れ思うような出場機会に恵まれず翌07/08シーズン途中よりセルティックへ新天地に選んだ。

ドイツ代表としても各年代の主力として数多くの試合に出場、その後Uー21代表として4試合に出場した後2003年4月30日セルビア・モンテネグロ戦後半途中よりフル代表デビューを果たした。同年10月11日に行われた欧州選手権予選アイスランド戦ではMFとして当時最大のライバルとされたヘルタ・ベルリンの右サイドバック、フリードリッヒと初めて同じピッチに立ち、3ー0の勝利に貢献、同じピッチ上にて共存出来る事を証明した。しかし、迎えた欧州選手権本大会では1試合の出場も果たせずチームはグループリーグで敗退、その後クリンスマン体制となると序所に出場機会を失い2005年9月以降は代表のピッチに立っていない。

(03/11/01 Created)(08/01/05 Last updated)
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