Dario HUBNER
ダリオ・ヒュブナー | ||||||||||||||||||||||
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イタリア代表経験こそないものの、衰えを知らない強靱でいて柔軟な身体、そこから繰り出される正確なシュートによって数多くのゴールを記録、35才で迎えた01/02シーズンセリエAにおいて得点王となり一気に脚光を集めた。 地域リーグのピエヴィジーナでキャリアをスタートさせ25試合10ゴール、C2のペルゴクレーマに加入し通算30試合6ゴール、88/89シーズン途中に同じC2のファーノへ移籍し27試合8得点、チームをC1へ引き上げる。その後セリエBのチェゼーナへ移籍し通算166試合72得点を記録、97/98シーズンよりブレッシャへ移籍しセリエAデビューを果たす。ここですぐに活躍、30試合16得点を挙げ、その能力はセリエAでも通用する事を証明するが、チームの結果に繋がる事なく、再びセリエBへ。99/00シーズンには2年連続となる21得点を挙げチームをセリエAに昇格させ、向かえた2度目のセリエA00/01シーズンは17得点を記録しチームの躍進に貢献した。01/02シーズンよりセリエAに昇格したピアチェンツァへ加入し素晴らしい決定力を発揮、35才にして24得点を挙げトレゼゲ(ユベントス)と並んで得点王を獲得しチームのA残留に大きく貢献した。翌02/03シーズン、残念ながらチームのA残留は成し得なかったがヒュブナー自身は14得点を挙げ、その年齢とは思えぬパフォーマンスで魅了した。03/04シーズンよりA昇格を果たしたアンコーナに加入したが、この頃から年齢的衰えを見せはじめシーズン途中で不振に苦しむペルージャへ活躍の場を移したが、活躍するには至らなかった。 これだけの得点能力がありながら、ダリオ・ヒュブナーの名は長い間無名であった。セリエB時代には数多くのセリエAチームからのオファーも受けたが、けして金銭で動く選手ではなく、何よりも家族との時間をこよなく愛していた事が理由の一つであろう。もし若い時代にセリエAチームを渡り歩いていたなら間違いなくイタリア代表にも名を連ねていたと思われるが、ヒュブナーにとって、それは本当の幸せではなかったのかもしれない・・ (01/10/24 Created)(06/10/04 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||