Barry HULSHOFFバリー・フルスホフ | ||||||||||||||||||
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70年代アヤックス黄金期、クライフをはじめとする華麗な攻撃陣を後方から支えたクラブ史上最強ディフェンダーの1人。空中戦に強く、強靱な身体を活かした激しいディフェンスで当時の攻撃陣に見劣りせぬワールドクラスの守備を誇ったアヤックスの中心的存在であった。 ゼーブリヒアの育成機関で育ち1963年にアヤックスへ加入、1966年1月9日フェイエノールトとのオランダダービーにて1部リーグデビューを果たす。このシーズンからチームのリーグ3連覇に貢献するが不動の地位を確立させたのは67/68シーズンからである。翌68/69シーズンにはチャンピオンズ・カップ決勝の舞台に立ちながらリヴェラ擁するミランに大敗を屈するも、この雪辱は70/71シーズンからのチャンピオンズ・カップ3連覇という形で報われ、この3連覇中わずか1試合の欠場でこの偉業に貢献したフルスホフは名実ともに世界最高棒のディフェンダーとして地位を確立させていった。1972年インターコンチネンタルカップでは強豪インディペンディエンテを下し世界1の称号を手中にし、アヤックス在籍最後の76/77シーズンにもリーグ優勝を達成、1977年5月15日NEC戦がアヤックスでの最後の試合となった。アヤックス通算283試合に出場24得点 これだけのDF能力を擁しながら代表ではわずか14試合の出場に終わっている。1971年10月10日東ドイツ戦にてデビューを果たし主力として活躍したが1974年W杯を前に大怪我を負いW杯の舞台に立てず、1973年11月ベルギー戦以後代表のピッチに立つ事はなかった。唯一特筆すべきはDFながら通算6得点を記録している事だろう。 (06/07/31 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||