Junichi INAMOTO
稲本潤一 | ||||||||||||||||||
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高い守備能力と前線への精度のあるパス、展開力は魅力、時折見せるミドルシュートにも強烈なパワーを秘める、潜在能力豊かな日本代表。 6才の頃からサッカーを始め上野芝中学校進学と同じにガンバ大阪ジュニアユースへ加入。その後ガンバユースを経て1997年17才6ヶ月でJリーグデビューを果たす。日本代表として各年代で選出され、1999年ワールドユースでは準優勝に貢献、その活躍もあって世界から注目を集める若手選手となる。A代表デビューは2000年2月、以後日本代表に不可欠な存在にまで成長し2001年には名将ベンゲルの目にとまりアーセナルへ移籍する。強豪アーセナルの中にあってプレミアリーグ出場はならなかったリザーブリーグにて急成長、2002年ワールド杯では初戦ベルギー戦第2戦ロシア戦にて貴重な得点を挙げ決勝トーナメント進出の原動力となった。大会終了後、プレミアリーグでの出場機会を求めフルハムへ移籍、2002年8月13日インタートト杯決勝第1戦にてセリエA名門ボローニャ相手に初得点を挙げ続く第2戦ではハットトリックを達成しUEFAカップ出場権獲得に大きく貢献して見せた。また2002年8月17日ボルトン戦にて日本人初のプレミアリーグ出場を果たすと9月11日トッテナム戦ではプレミア初得点も記録し、フルハム在籍2シーズンリーグ39試合4得点の活躍を見せた。WBA移籍後は出場機会に恵まれず下部リーグのカーディフでプレーし、その後WBAに戻るも、思うような出場機会に恵まれずチームも1部降格、出場すれば合格点のプレーを見せていただけにロブソン監督の采配に疑問を持った方も多い事だろう。シーズン終了後迎えたワールド杯では2試合に出場したがチームはグループリーグで敗退。06/07シーズン開幕直後トルコ強豪ガラタサライへ移籍、この強豪チームで不動の地位を確立した後ドイツへ渡り同じ日本代表である高原と共にフランクフルトでプレーしている。 (03/03/02 Created)(07/12/09 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||