Andrew JOHNSON
アンドリュー・ジョンソン | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
得点感覚に優れPKのスペシャリストとしても有名。一度ペナルティエリア内に侵入させればPKを誘うなど高い確立でゴールに結び付ける非常に危険なストライカーである。愛称アンディ。 1993年当時バーミンガムを率いたバリー・フライに見い出されチームの育成機関に加入、その後監督に就任したトレバー・フランシスの元1998年9月5日バリー戦にてプロデビュー(1部リーグ)を飾った。デビュー後しばらくは決定力不足もありレギュラーを獲得するには至らなかったが、それでも着実な成長を果たし99/00シーズンより主力として活躍する。00/01シーズンにはリーグカップ決勝に進出、PKにまでもつれた決勝リバプールとの激闘は自身のPK失敗により勝敗をみたがこの経験が糧となり鍛練する事で後にPK職人にまで成長を果たすのである。 01/02シーズン、新指揮官となったスティーブ・ブルースの元チームはプレミア昇格を果たし夢に見たプレミアの舞台も間近と思われたがシーズン開幕前になって戦力外となりアイルランド代表モリソンと入れ代わる形でクリスタルパレスへ、再び1部リーグでのプレーを強いられる事となった。 しかし、この移籍が幸となり得点能力を飛躍的に開花、加入シーズンに11ゴールを記録すると翌シーズンには27ゴールでリーグ得点王獲得、チームのプレミア昇格に多大なる貢献を見せ自力でプレミアの舞台へ立つ事に成功して見せた。2004年8月14日ノーウィッチ戦にてプレミアデビューを果たすとこの試合で得点も記録、更に試合を重ねる事に得点数を伸ばし通算21得点を記録、アンリに次ぐリーグ2位となって世界的な知名度を手に入れた。残念ながらチームはこのゴール数に見合う結果を残せず再び1部へ降格、ジョンソンの元には多くのオファーが届いたが、あれだけ憧れたプレミアの舞台を捨て1年間チームに残留した。 2006年5月、クラブ史上最高額の移籍金でエバートンへの加入が決定、再びプレミアの舞台で輝く姿に期待したい所である。 代表としては祖父がポーランド人である事からポーランド代表としてもプレーする事が可能であり、これを受ければ代表クラスでもレギュラーとしてプレーする事が出来たと思われる。しかし、あくまでもイングランド代表にこだわり、その夢は2005年2月9日オランダ戦にて達成される。不馴れなサイドでのプレーであったため大きなインパクトを残せず更にクラブの降格も重なり、W杯メンバーに選出される事もなかったが今後再びチャンスが訪れるのは間違いないだろう。 (06/07/20 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||