Idriss KAMENI
イドリス・カメニ | ||||||||||||||||||
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抜群の身体能力を備え、柔軟かつ俊敏な反射神経でスーパーセーブを連発、まだ若い年齢ながら、自分より1回りも上回る年齢の選手陣を鼓舞する闘志と大舞台にも動じない強靱なメンタリティーを備えている。有能な守護神を輩出するカメルーン代表において、期待通りに不動の地位を築いている。 元サッカー選手の父親、元ハンドボールカメルーン代表選手の母親、また、兄弟姉妹とも同国内のバレーボール等で頭角を現すという環境にありカメニもまた、生まれついてのアスリートであった。母国2部のカッジ・スポーツ・アカデミーから1部フォブ・ドゥ・バームを経て1996年弱冠12才でフランスのル・アーブルユースチームと契約する。その後のクラブレベルでの経歴はけして華々しいものではなくそんなカメニが脚光を浴びる事など有り得なかったのだが2000年シドニーオリンピックにて転機が訪れる。当時カメルーンを指揮していたシャントル監督に見い出され2000年5月の韓国遠征に帯同、この時にシドニーメンバーに加える事を確約され16才という年齢ながら控えゴールキーパーとして確約通りメンバーに選出された。更に正守護神を努めたベコノが本大会中に怪我を負い準々決勝ブラジル戦にていきなりスターティングメンバーに抜擢されたのである。カメニの奇跡はこれだけに終わらず、この試合でブラジルを相手に臆する事なく勝利に貢献、続く準決勝チリ戦、決勝スペイン戦でもスーパーセーブを連発し決勝ではアングーロのPKをセーブするなど大車輪の活躍を見せて金メダル獲得に多大なる役割を果たしたのである。2001年5月25日韓国戦にてフル代表デビューを果たすと2002年ワールド杯では出場機会にこそ恵まれなかったがメンバーに名を列ねた。翌年コンフェデレーションズカップでは不動の守護神として4試合に出場、決勝フランス戦にて1失点を許したが、その他の3試合はすべての試合を完封し準優勝に大きく貢献した事から2003年アフリカ最優秀GKにも選出されている。 セリエAユベントス、フランス2部サンテチエンヌ、プレミアリーグのウォルバーハンプトンと渡り歩くも、年齢が若過ぎる事で出場機会に恵まれず不遇の時を過ごしたが、カメルーン代表での活躍から、その能力は誰もが認める所であった。そして04/05シーズンにエスパニョール加入、2004年8月28日デポルティボ戦にてリーガデビューを果たすとついに不動の地位を確立、05/06シーズンの国内カップ優勝にも貢献した。その年齢を考えれば、今後欧州の舞台でも有数の守護神となれるであろう。 (02/03/05 Created)(08/01/07 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||