Yoshikatsu KAWAGUCHI

川口能活

川口能活のフォト
 フルネーム川口能活
 国籍日本
 生年月日1975年8月15日
 出身地静岡県富士市
 ポジションGK
 身長・体重179cm・78kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1998年グループリーグ敗退
2002年ベスト16
2006年グループリーグ敗退
所属クラブ
1995-01横浜Fマリノス
2001-03ポーツマス(イングランド)
2003-05FCノアシェラン(デンマーク)
2005-ジュビロ磐田

GKとしては恵まれた身体とはいえないが、抜群の俊敏性と反応力、そして果敢な飛び出しからの攻撃的な守備で数々のピンチを救ってきた日本代表守護神。

小学校時代からGKとしてプレー、東海大一中を経て名門清水商業高校へ入学するとすぐに正守護神として活躍し1993年全国高校選手権でチームを優勝に導いている。1995年横浜マリノスへ入団、同年4月26日柏レイソル戦にてJリーグデビューを果たすと3試合連続の完封勝利を収め不動の地位を確立、ファーストステージ優勝に貢献し更にヴェルディ川崎とのチャンピオンシップでは第1戦、第2戦とも完封勝利に導き年間王座の美酒を味わった。この年の最優秀新人賞に選出されたのは言うまでもない。その後も不動の守護神として活躍し2000年ファーストステージ優勝、そして2001年ナビスコカップ優勝に貢献した後、2001年10月末イングランドへ渡り同年11月3日シェフィールド戦にて海外デビューを飾った。11月25日マンチェスター・シティ戦ではMVPにも選出されるプレーを見せたがその後チームは低迷、その責任は外国人GKである川口にも向けられ序所に出番を失っていく事となる。翌シーズン、チームは躍進しプレミア昇格を果たすが川口に与えられた出場機会は通算1試合、シーズンのほとんどをリザーブリーグで過ごし03/04シーズンより出場機会を求めデンマークリーグへ移籍する事となる。2003年10月5日ヘアフュルヘ戦にてリーグデビュー、エクストラ・ブラデット紙の選出する第11節ベストイレブンにも選出される最高のデビューを飾ったが第12節5失点、第13節に至っては7失点を屈し大敗、ここでも正守護神の座を射止める事が出来なかったのは残念な所である。2005年よりJリーグに復帰、ジュビロ磐田にて以前のパフォーマンスを披露している。

アトランタ五輪日本代表として予選9試合に出場し28年振りの出場に貢献、五輪本大会では予選リーグ敗退という残念な結果に終わるも、初戦ブラジル戦では雨のように打たれるシュートに対しファインセーブを連発、その後相手のミスをついて日本が得点を挙げ勝利を掴み「マイアミの奇跡」として今尚語られるがその主役が川口であったのは誰もが認める所だろう。その後1997年2月13日バンコクで開催されたキングスカップ、スウェーデン戦にてフル代表デビューを果たし以後不動の地位を確立、1998年ワールド杯にて大きな経験を積み2000年アジアカップにて優勝に貢献、翌年コンフェデレーションズ・カップでは準優勝に大きな役割を果たしベスト11にも選出された。その後海外クラブでの不調が災いし2002年ワールド杯では楢崎に正守護神の座を譲ったが、この逆境を持ち前の精神力と努力する事によって乗り越えジーコ体制となった後2003年3月ウルグアイ戦にて約1年振りの代表戦出場、その後監督の信頼を得て日本代表ファーストGKに返り咲いてみせた。2006年ワールド杯ではいくつかのミスも見受けられたが、それを補うだけのパフォーマンスを見せ、特にクロアチア戦でのPKセーブは大会中不振を極めた日本代表にとって唯一のハイライトシーンであった。

大会後新体制となったオシムの元で大幅な新旧交代が進む中、川口は順当に代表に選ばれており、これまでの経験を活かし今後の活躍も期待される。その努力を知る者ならば井原に次ぐ代表100キャップは通過点として、2010年ワールド杯でも正守護神は間違いない所と考えるであろう。

(03/11/29 Created)(06/08/21 Last updated)
Presented by SHOW

football Island
FOOTBALL ISLANDバナー