Kazuyoshi MIURA
三浦知良 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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KAZUこと三浦知良。今さら語るまでもない日本代表を長きに渡り牽引してきたスター選手。彼がいたからこそ今の日本代表の人気がここまで到達したと言っても過言ではなくアジア屈指の決定力を擁して絶大な人気を誇った。 静岡県静岡市に生まれ幼年期よりサッカーを始める。静岡市立城内中学卒業後、静岡学園へ入学するも1年経たずして中退、サッカープロ選手になるという夢を志し単身ブラジルへ渡る。1986年、名門サントスとプロ契約を果たし夢を現実のものにするとその後各クラブにて高い評価を得るまでに成長し1990年に帰国。読売クラブにて抜群の存在感と決定力で活躍、1993年Jリーグ開幕シーズンのセカンドステージ、そしてチャンピオンシップ優勝に大きく貢献し初代MVPにも選出、ヴェルディの黄金期を築きアジア最優秀選手にも選出された。94/95シーズンより日本人初のセリエAプレーヤーとなり1994年12月のサンプドリア戦にて初ゴールを記録するが怪我などの影響から大きな活躍に至らなかったのは残念であった。しかしヴェルディに復帰後は相変わらずの存在を示し1996年には23得点を挙げJリーグ得点王獲得、その後クロアチアにてリーグ優勝に貢献しパープルサンガ時代にはJリーグ初となる通算100得点を記録、2006年よりJ2横浜FCに在籍しチーム祈願のJ1昇格に貢献しその勇姿を再びJ1の舞台に現す事となる。 代表としては1990年9月26日第11回アジア大会にて代表デビューを飾り以後不動のエースとして君臨、1992年アジアカップではMVPに選出される活躍を見せて優勝に貢献している。ただ自身の夢でもあったワールド杯出場・・1994年ワール杯アジア予選ではドーハの悲劇にてまさかの敗退、1998年ワールド杯では本大会開幕直前にまさかの代表落ちを経験、その後代表から離れるが2000年に代表復帰、2002年ワールド杯出場を夢見るが若手の台頭からメンバーに選ばれる事はなかった。ただ、常に上を目指し夢に向かう姿勢は、多くの人々に感動を与え続けたのも事実、日本代表を長きに渡って牽引した彼の活躍を語らずして、現在の日本代表を語る事など出来ないだろうと思われる。 (01/03/15 Created)(07/01/06 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||||||||||||