Kevin KEEGAN
ケビン・キーガン | ||||||||||||||||||
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小柄ながら、気迫溢れるプレーでファンを魅了、重心の低いドリブルから相手ディフェンダーに果敢に挑み、数多くの得点を記録した70年代イングランド代表スター選手。抜群の運動量を誇り縦横無尽に駆け回るその姿からマイティ・マウス(力強いネズミ)の愛称で愛され、更に無類の勝負強さを持ち合わせていたのも魅力の1つであった。 キーガンは1952年聖バレンタインデーの日にドンカスターのアームソープで生まれる。地元ドンカスター・ローバーズ等のクラブを経て1966年、3部チームのスカンソープ・ユナイテッドへ加入し17才でプロデビューを果たす。その後3シーズンを過ごし通算124試合17得点と平凡な成績を残すが当時リバプール監督であったビル・ジャンクリーはキーガンの秘められた才能にいち早く目を付け1971年にリバプールへ引き抜く事となる。リバプールへ加入後すぐに主力として絶大な存在感を示し、在籍した6シーズンで3度のリーグ制覇、2度のUEFAカップ、そして、クラブ祈願のチャンピオンズカップ制覇を達成し70年代リバプールの黄金期を担った。72/73シーズンのUEFAカップ決勝、対ボルシアMG戦にてホームの試合で2得点を決め、チームを3ー0と勝利に導き優勝に貢献。また、75/76シーズンの同大会決勝、対ブルージュ戦においてもホームでの初戦において、逆転弾となるPKを決めチームを勝利に導くと迎えたアウェー戦では引き分けに持ち込む貴重な同点弾を決め、チーム2度目玉のUEFAカップ優勝に導いたのだった。また、この活躍が評価されこのシーズンのリーグ最優秀選手にも選出されている。そして迎えた76/77チャンピオンズカップ決勝。当時ドイツ国内3覇を果たしていたシモンセン率いるボルシアMGを破り、リバプールに初となるチャンピオンズカップをもたらしたのである。 当時ドイツ国内で無敵を誇っていたボルシアMGを破ったことにより、キーガンはドイツ国内で注目を集め、その翌シーズンよりハンブルガーSVへ移籍。ここでも彼は傑出したプレーを見せた。77/78シーズンにブンデスリーガ年間最優秀選手を受賞すると78/79シーズンには実に19シーズンぶりとなるリーグ制覇にチームを導く活躍。この活躍が認められ78年79年と2年連続でバロンドールに輝くという名誉を受けた。また、80年にはハンブルガーSVを初のチャンピオンズカップファイナルへ導くがここでは惜しくも1ー0でノッティンガム・フォレストに破れている。このドイツで成功したキーガンをレアル・マドリード等多くのクラブが欲しがったが、イングランドに戻りたがっていたキーガンはサウサンプトンに移籍。ここでは81/82ーズンに26得点を挙げキーガン自身初となる得点王に輝いている。その後ニューカッスルへ移籍、在籍2シーズンどちらも20得点以上をあげ最高のパフォーマンスを見せ、最高の状態のまま現役を引退した。 一方、クラブでは栄光の日々を過ごしたキーガンも、代表では日の目を見ることが出来なかった。1972年11月15日のウェールズ戦で代表デビューを果たして以来、63試合21得点と多くの得点を記録したが、唯一出場した1982年ワールド杯では怪我により1試合の出場にとどまっており、チームも2次リーグ敗退に終わっている。 現役引退後はニューカッスルの監督として1時代を築くと、その後フルハムの監督を経てイングランド代表監督に就任。代表監督として2000年欧州選手権に出場を果たす。そして01/02シーズンよりマンチェスター・シティの監督に就任するとチームをプレミアリーグ昇格に導いた。選手として数々の成功を手にしたキーガンは監督としてもこれから多くの成功を収めていくことだろう。 (01/03/15 Created)(03/05/29 Last updated)Presented by SHOW , collaboration is LEVEL-K football Island | ||||||||||||||||||