Ivan KLASNIC
イヴァン・クラスニッチ | ||||||||||||||||||
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両足から放たれる強烈なシュートと空中戦の強さ、そして類い稀な攻撃センスを兼ね備えるクロアチア代表ストライカー。自らゴールを陥れるだけでなく味方のゴールを引き出すパス能力にも秀出ており、万能型のプレーヤーと言える。 クロアチア人の両親の元ドイツのハンブルグで生まれたイヴァン・クラスニッチは幼年期よりサッカーを始め地元のアマクラブでプレー、その後ビッグクラブであるハンブルガーSVのユースチームから誘いを受けるが、時を同じくして打診のあったザンクト・パウリへ加入する事となる。17才でトップ昇格を果たし97/98シーズン終盤となる第25節シュツットガルト・キッカーズ戦にて2部リーグデビュー、翌シーズンよりチームの主力として地位を確立させ00/01シーズンには31試合10得点の活躍でチームのブンデスリーガ昇格に大きな役割を果たした。この活躍が認められ翌01/02シーズンより名門ブレーメンへ引き抜かれ2001年7月28日SCフライブルグ戦にて祈願のブンデスリーガデビューを果たすのである。加入当初は思うような出場機会に恵まれず翌02/03シーズンは怪我の影響もあって飛躍のシーズンには至らなかったが、03/04シーズンより主力としての地位を確立、アイルトン、ミクー等とのコンビによって13得点とゴールを重ねればランク2位となる11アシストまでも記録し11シーズン振りのリーグ優勝を達成、その名を一気にワールドクラスへと押し上げたのである。また、このシーズンの国内カップでも6得点を挙げ優勝を果たし2冠に輝いている。その後は後1歩の所でタイトルに見放されるが常に2桁得点を記録しチームを牽引、04/05シーズンチャンピオンズ・リーグアンデルレヒト戦ではハットトリックを達成するなど素晴らしい存在感を示した。 そんな中突然の不運がクラスニッチを襲う。2006年11月に行った盲腸の治療の際に合併症を発症、肝臓移植を余儀無くされ2007年1月25日に移植手術が行われたが失敗に終わり再度手術を強いられ長期離脱を余儀無くされた。長いリハビリの末2007年10月末のカップ戦にて2軍メンバーとして公式戦復帰を果たしている。 クラスニッチの代表デビューは2004年2月18日ドイツ戦。同年欧州選手権では出場機会に恵まれなかったが、その後監督に就任するクラニチャールの元でレギュラーの地位を確立させた。残念ながらクラブレベル程の活躍は出来ていないが2006年W杯ではメンバーに選出され全3試合に出場している。 (07/02/05 Created)(07/11/24 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||