Miroslav KLOSE
ミロスラフ・クローゼ | ||||||||||||||||||
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素晴らしいスピード、そして圧倒的な高さを兼備えたドイツ代表FW。左右両足でゴールを狙え、現役時代のフェラーを彷佛させるプレー、決定力に至ってはミュラーを思い起こさせる程のドイツに久々に現れた本格的ストライカーである。 ミロスラフ・クローゼは地元バラウバッハ・ディーディルコップというクラブで育ち、FCハンブルグを経て1999年にカイザースラウテルンヘ入団するとアマチームにてその才能を開花させトップ昇格、01/02シーズンは、すでに16得点を記録する活躍を見せチームのエースとして君臨する。その後やや伸び悩んだが04/05シーズンより加入したブレーメンにて完全復活、15得点10アシストの活躍でリーグ3位の好成績に貢献した。また、このシーズン第31節ビーレフェルト戦では相手GKにエリア内で倒されPKを得るも、「あれはファウルではない」と自ら主張し審判の判定を覆している。まだ0ー0のスコアであった時間に起こった事でありこの出来事は最高のフェアプレーとしてドイツ五輪協会から表彰も受けた。翌05/06シーズンには25得点とゴールを量産、チームのチャンピオンズ・リーグ出場権獲得に貢献すると同時にクローゼ自身初となるブンデスリーガ得点王に輝いている。07/08シーズンより強豪バイエルンへ加入、今後いくつのタイトルを獲得出来るか注目してみたい。 クローゼの名前が一躍世界的になったのは2001年3月24日のW杯予選アルバニア戦。途中出場にて初出場を果たすと、貴重な決勝弾を挙げて初代表初得点を記録、国民のヒーローとなった。続くギリシャ戦でも2試合連続となるゴールを記録したが、その後は経験不足もあり調子を落とす。しかし2002年2月13日のイスラエル戦で見事ハットトリックを達成させる活躍を見せ、当時代表を率いたフェラー代表監督の信頼を完全に得ると同年5月18日のオーストリア戦でもハットトリックを達成して見せた。2002年W杯本大会でもクローゼのヘディングの強さは群を抜いており全7試合に出場し5得点を挙げる活躍、初戦サウジアラビア戦ではハットトリックも達成しており、それほど前評判の高くなかったチームのファイナル進出へ大きく貢献したのである。更に母国開催となった2006年W杯では通算5得点で得点王を獲得、3位躍進の原動力となって活躍した。通算5得点での得点王は少々物足りないとする批判的な声もあるが、その記録以上の存在感は誰もが認める所だろう。 余談ではあるが、父親はフランス当時2部チームにあったオセールの元選手であり、母親はポーランドのベストプレーヤーに2度も選ばれた事のある有名なハンドボールの選手であった。1年間で一気に代表まで登りつめる事が出来たのはこの血統によるものとクローゼ本人も語っている。 (02/02/14 Created)(08/02/13 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||