Jan KOLLER
ヤン・コレル | ||||||||||||||||||
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2M以上の身長を生かし空中戦では競り負ける事はなく、ポストプレーヤーとして絶大な力を発揮、デビュー当時に課題とされた足下のテクニックにも自力で克服し抜群の決定力を誇るまでになったチェコ代表ストライカー。 9才の頃からサッカーを始めたヤン・コレルは当時から長身であったためGKとしてプレー。チェコ4部クラブのミレフスコにてプロキャリアをスタートさせ地元チェコ名門、スパルタ・プラハへ加入、ここではその才能を持て余していたがベルギーリーグ、ロケレンで自分にあった戦術「イングランドスタイル」と巡り会い一気に才能を開花、弱小チームにありながらも98/99シーズンには27得点を記録して得点王を獲得すると、この年のチェコ年間最優秀選手にも選出された。ロケレンクラブ史上最高額となる移籍金約4億2千万円で同リーグ名門アンデルレヒトへ移籍すると、すぐにチームのリーグ優勝に貢献、ベルギーリーグ最優秀選手(ゴールデンフット賞)にも選出された。00/01シーズン、チームのリーグ連覇に貢献、得点王のタイトルはチームメイトのラジンスキに譲ったが(23得点)、コレル自身も22得点を記録、欧州でも屈指の2トップと各国からの注目を集めシーズン終了後にドイツ名門ドルトムントへ引き抜かれた。ここですぐに素晴らしい活躍を見せ、01/02シーズンのチーム6シーズン振りリーグ優勝に大きく貢献、その後5シーズンに渡りチームのエースとしてプレーし、怪我で戦線離脱した05/06シーズン以外はすべて2桁得点を記録している。06/07シーズンよりフランスリーグへ移ったが怪我の影響もあって思うような活躍は出来ず07/08シーズン途中にブンデスリーガ復帰を果たしている。 1999年2月が代表デビューと代表キャリアは少々遅咲きではあるが代表に選出されてからと言うものゴールを量産、欧州選手権予選での活躍もありその後不動のFWとして君臨すると2004年欧州選手権では4試合2得点でベスト4進出に貢献した。2006年W杯欧州予選では8試合9得点の活躍で本大会出場に貢献し同予選中2005年6月アンドラ戦にて同国の伝説的ストライカー、プチュの持つチェコ最多得点記録34ゴールを塗り替えている。期待されたW杯ドイツ大会では初戦でゴールを記録し勝利に貢献したが、この試合で怪我を負い戦線離脱、コレルの不在はチームの戦力を大きく低下させ、グループリーグ敗退の最大の要因となった。 余談だが、代表デビュー後4キャップ目となったエストニア戦から10試合連続12ゴールという離れ業を成し遂げている。 (01/09/13 Created)(08/01/07 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||