Niko KRANJCAR
ニコ・クラニチャール | ||||||||||||||||||
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「ボバンの後継者」と言うにはまだ早過ぎる感もあるが、そのポテンシャルの高さは誰もが認める逸材。卓越したテクニックと創造力で攻撃陣をリードし、得点力にも優れるクロアチア代表MF。また、その甘いマスクからスター性も抜群かと思われる。 旧ユーゴスラビア時代のスタープレーヤーであり、クロアチア代表初代キャプテンとして知られるズラトコの息子として生まれたニコ・クラニチャールは幼年期をラビッド・ウィーン(オーストリア)の育成機関で過ごす。その後ザグレブに戻りディナモの育成機関に入るとすぐに天才振りを発揮し弱冠16才でトップデビューを果たすまでに成長、18才で名門のキャプテンに指名され03/04シーズンには通算10得点を挙げクラブ3シーズン振りのリーグ優勝を達成、国内では誰もが認めるスタープレーヤーとなったのである。翌シーズンには自身2度目となる国内カップ優勝を果たしクラニチャールを中心としたメンバーによる黄金期を迎えようとしていた矢先に監督との確執が表面化、更にはクラブの成績が思わしくなかった事でクラブの実権を握っていたクラブ副会長Z・マミッチ氏とも衝突し04/05シーズン途中にディナモの宿敵ハイデュク・スプリトへ電撃移籍し人々を驚かせたが、ここでも途中加入ながらリーグ優勝に貢献している。母国での活躍から欧州各国のクラブが注目する存在となったのは言うまでもなく06/07シーズンよりプレミアリーグポーツマスへ移籍し2006年10月1日トッテナム戦にてプレミアデビュー、今後更なる飛躍が期待される。 代表レベルでは2003年11月15日スロベニア戦にて代表初召集、しかし、Uー21代表としてもプレーしていたためUー21欧州選手権を優先させる形でフル代表デビューは先送りとなっていた。その後の2004年8月18日イスラエル戦にて初キャップを刻み当時代表を指揮した父親の元で中心的存在となってプレーしW杯欧州予選では9試合に出場、本大会の切符を手に入れた。多少好不調の波があり、監督である父親の溺愛振りも重なって周囲から疑問視される声もあったが、2005年6月アウェーでのブルガリア戦での貴重な先制弾をアシスト、更に後半に魅せたワンタッチで相手DFを振りきり自ら追加点を記録した場面には噂通りの能力の高さが感じられた。 余談だが2001年Uー16欧州選手権ではキャプテンとしてチームを牽引、優秀選手に選出されるプレーで3位に貢献し、Uー17世界選手権にも出場、Uー21欧州選手権では不本意なプレーに終始したが、2006年W杯では随所にポテンシャルの高さを見せた。チームはグループリーグで敗退したが、この豊富な国際経験を活かして父親を超える存在となって欲しい所である。 (05/06/06 Created)(06/10/06 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||