Hans KRANKL
ハンス・クランクル | ||||||||||||||||||||||
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オーストリア年間最優秀選手に選ばれること実に9回。国内リーグ通算354得点の記録を持ち、ゴールデンブーツ(欧州得点王)をも獲得したオーストリアが誇るストライカーがこのハンス・クランクルである。天性の得点感覚と強烈かつ正確な左足のシュートは当時世界でも有数の決定力を誇った。 70/71シーズン、オーストリアの名門ラピッド・ウィーンにてキャリアをスタートさせ、2部ビエナにて1年間経験を積んだ後復帰するとすぐにレギュラーとして地位を確立、73/74シーズンに36得点で初の得点王に輝くと76/77シーズンには32得点で2度目の得点王を獲得。更に翌シーズンには実に41得点をも記録し3度目のリーグ得点王を獲得するとともにゴールデンブーツの名誉も手中に収めた。 オーストリアでの活躍に多くのクラブが興味を持ちスペイン名門パルセロナがクランクルを獲得するとここでもその実力を遺憾なく発揮、1978年9月3日ラシンクラブでのリーガデビュー以来着実に得点を重ね、4度のハットトリック(内1試合5得点も記録)を含む通算29得点で得点王に輝いてみせたのである。更にこのシーズン、バルセロナにとって初ののカップ・ウィナーズカップ優勝にも貢献し決勝デュッセルドルフ戦では得点も記録している。 翌年不慮の事故から調子を落とし、更に低迷するチームの中で力を発揮出来ず母国へ帰国する事となるが、ここで再び輝きを取り戻しリーグ連覇に加え82/83シーズンには23得点で自身通算5度目の得点王獲得、更に84/85シーズンにはチームをカップ・ウィナーズカップ決勝に導いたのである。決勝エバートン戦では3ー1で敗れ残念な結果に終わったが、ラピッド唯一の得点はクランクルが記録したものであった。 代表デビューは1973年6月13日ブラジル戦。1976年欧州選手権予選において7得点を挙げ代表での地位を確立させた。1978年には20年ぶりに母国をワールド杯に導くと、本大会ではブラジル、スペイン、スウェーデンのいる1次グループリーグをクランクルの活躍によって1位突破を成功させた。2次グループではオランダ、イタリア、西ドイツと強国と同組となり惜しくも3位となって敗退するが、最終戦となった西ドイツ戦ではクランクルの2ゴールで3ー2の勝利、この勝利はオーストリアにとって対西ドイツ戦37年ぶりとなる勝利であった。また、この時の2点目は歴史に残るゴール。素晴らしい左足ボレーから西ドイツ守護神名手マイヤーの壁を破っており、この年のバロンドール選考において大きな印象を残しキーガンに次ぐ2位に選出される要因の1つとなっている。代表通算69試合34得点。 余談だが、1977年4月30日、ワールド杯欧州予選対マルタ戦にてオーストリアは9ー0の勝利を収めるが内6得点を記録したのがクランクルであった。 (06/09/01 Created)Presented by SHOW , collaboration is LEVEL-K football Island | ||||||||||||||||||||||