Ruud KROL
ルート・クロル | ||||||||||||||||||
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70年代、オランダ最高のスタープレーヤーであるヨハン・クライフ等と共に不動の左サイドバックとして活躍、クライフが代表を引退した1977年以降はキャプテンとしてオランダ代表を支え、リベロとしても優れた能力を発揮した。 地元ルード・ビットというクラブでのプレーが認められ強豪アヤックスへ入団したルート・クロルは68/69シーズンにトップ昇格を果たすと1968年12月11日DWS戦にてトップデビューを果たした。結局デビューシーズンはこの1試合の出場に終わるも翌シーズンより不動の地位を確立し10年以上に渡って素晴らしいプレーを見せた。リーグ通算339試合に出場、欧州カップ等を含めると457試合に出場し数々のタイトルに貢献、69/70シーズンのリーグ、国内カップの2冠達成に始まりリーグ通算6度の優勝、国内カップ4度の優勝、更にアヤックスの歴史において現在まで最も輝かし栄冠、チャンピオンズ・カップ3連覇にも欠かせぬ存在であった。1980年5月17日フェイエノールト戦を最後にチームを去り、短期間北米リーグでプレー、その後欧州へ戻りイタリア、フランスでプレーし現役を引退した。 代表デビューは1969年11月5日イングランド戦。ここでも不動の地位を確立させたのは言うまでもなく、1983年2月スペイン戦を最後に代表を退くまで通算83試合に出場、これは2000年6月29日にアーロン・ヴィンターが塗り替えるまでの同国最多キャップ数であり(その後フランク・デ・ブールが記録を塗り替えている。)また、通算キャップ83試合中の半分以上にあたる45試合で主将を努めた。2度のW杯、同じく欧州選手権では主役の1人として活躍し1974年W杯にはクライフと共に全7試合に出場、準優勝に大きく貢献する。クライフの去った後はキャプテンとしてチームを牽引、1978年W杯で再びチームを決勝の舞台に導き、その優れた統率力も賞賛された。 引退後はベルギー、スウェーデン等のクラブを指揮し、エジプト代表監督、母国代表コーチ(監督代行)等を経て古巣アヤックスのアシスタントコーチも努めている。 (03/12/26 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||