Benjamin LAUTH
ベンジャミン・ラウト | ||||||||||||||||||
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若い頃からその年齢とは思えない冷静さと、左右どちらの足からでもゴールを奪える得点感覚を備える。ボディバランスも良く、ドリブル突破にも目を見張るポテンシャルを備えるストライカー。愛称はベニー。 少年時代は地元の村にて盛んなアルペンスキーに夢中であったベンジャミン・ラウトは14才の時には年代別ドイツ代表にも選出された経験を持つ。しかし、ラウトが選んだのはサッカーへの道。1986ミュンヘンのトレーニングに参加し、その後ドイツジュニアチームの一員としてプレーするまでに成長するが当時トップチームを率いた名物監督ヴェルナー・ロラントには冷遇されブンデスリーグデビューを果たす事は出来ないでいた。しかし01/02シーズン途中よりチーム指揮官に就任したパクルト監督に見出され2002年5月4日ボルシアMG戦にて祈願のブンデスリーガデビューを果たすのである。続く02/03シーズン、第2節のハノーヴァー戦にて初得点を挙げ勝利に貢献、その後チームのスタープレーヤーであったM・マックスの故障もあり多くの出場機会を得ると水を得た魚のように活躍、通算13得点を挙げる活躍を見せた。翌シーズンはチームの状態が悪くチームは降格争いを演じ、ラウト自身も重要な4月から5月を怪我のため欠場、チーム最多の9得点を挙げたもののリーグ17位でチームは降格、これに伴いシーズン終了後、ハンブルガーSVへ引き抜かれる事となる。移籍1年目はスランプに陥り期待外れに終わったが、2年目となった05/06シーズン、チームは優勝争いを演じ、そのFWの中心にいたのはラウトであった。しかし、翌06/07シーズンに環境は一変、チームが降格争いを演じるという、まさかの事態にラウトの出場機会も減っていった末、シーズン途中シュツットガルトへ移籍している。 ドイツ代表として初めて選出されたのは2002年12月16日に開催されたドイツ代表対ブンデスリーガ外国人選抜チームのチャリティー試合。この試合で目の覚めるようなバイシクルシュートを含む2得点を決め一躍脚光を浴びると2003年2月12日スペイン戦にて初の国際舞台を経験、後半途中出場ながらそのポテンシャルを十分に発揮し、当時の代表指揮官フェラー代表監督の信頼を勝ち得たが、その後怪我の影響もあり2004年欧州選手権メンバーからは漏れてしまった。大会後監督に就任したクリンスマンの元では構想から外れ、2006年W杯メンバーにも選出されなかったが、持ち合わせるポテンシャルを開花させれば、再び代表への道は開かれるであろう。 (03/03/30 Created)(07/01/26 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||