Rabah MADJER
ラバー・マジェール | ||||||||||||||||||
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テクニックに優れ、抜群の存在感を示したアルジェリア史上最高のスタープレーヤー。86/87シーズンチャンピオンズカップ決勝、伝説のヒールキックからの得点から「かかとの魔術師」の異名を持つ。 MAフセイン・デイにおいて才能を開花させたラバー・マジェールは、1979年国内カップ優勝の原動力となると1978年6月3日イラク戦にて代表デビューも果たした。1982年ワールド杯では優勝候補西ドイツを相手に母国W杯初得点となる先制弾を記録するなど勝利に貢献、世界中を驚嘆させた。この大会チリ戦にも勝利し大会2勝に貢献するが、同グループ最終戦にて西ドイツとオーストリアが談合したと問題になった1ー0の試合を演出したため得失点差で決勝トーナメント進出が叶わなかった。この大会での活躍から欧州各国から数多くのオファーを受けるがアルジェリアでは25才になるまで移籍する事は法律で禁止されていたため大会から約1年は母国でのプレーを余儀無くされた。そして1983年、彼はフランスに移籍する事に成功すると改めてその能力の高さを証明、ラシン・パリの降格という不運も経験したが、これをきっかけに移籍したFCポルトにて、更なる飛躍を遂げる事となる。加入シーズンにリーグ優勝に貢献すると、翌シーズンにはクラブの悲願であったチャンピオンズ・カップ制覇に貢献、決勝B・ミュンヘン戦では伝説のヒールキック同点弾、その3分後にはジュリアの決勝弾をアシストする活躍を見せている。また、この年のトヨタカップでの活躍も素晴らしく大雪に見舞われる最悪のコンディションの中、1アシスト1ゴールとその能力を遺憾なく発揮し大会MVPにも選出、この年のアフリカ最優秀選手に選ばれたのは言うまでもないであろう。また、87/88シーズンチャンピオンズ・カップでは大会連覇こそ果たせなかったが、ハジ等と並び4ゴールで得点王を獲得している。引退後は母国代表監督など、指揮官としても活躍した。 (03/05/16 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||