Christian MANFREDINI

クリスチャン・マンフレディーニ

クリスチャン・マンフレディーニのフォト
 フルネームクリスチャン・マンフレディーニ
・シソストリ
 国籍コートジボワール・イタリア
 生年月日1975年5月1日
 出身地ポールプエ
 ポジションMF
 身長・体重180cm・70kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯なし
所属クラブ
1993-94ユベントス
1994-95ピストイエーゼ
1995-96ヴィテルベーゼ
1996-97アベッツァーノ
1997-98フェルマーナ
1998-99コゼンツァ
1999-00ジェノア
2000-02キエーヴォ
2002-03ラツィオ
2002-03オサスナ(スペイン)
2003-04フィオレンティーナ
2003-04ペルージャ
2004-ラツィオ

スピードを活かした突破力を武器に、左サイドのチャンスメーカーとして活躍、01/02シーズン、セリエAにおいて旋風を巻き起こしたキエーヴォの原動力の1人である。

生まれはコートジボアールながら両親の「幸せな暮らしを」との願いから5才の時イタリア人夫婦の元に養子に出される。ここでサッカーを始め、その後ユベントスの入団テストに合格、プリマベ−ラでデル・ピエロ等と共に技術に磨きをかける。94/95シーズンからは長期に渡るレンタル移籍を繰り返し00/01シーズンに当時セリエBにあったキエーヴォへ入団する。同じ時期に移籍して来たエリベルトとの両サイド攻撃はチームに絶大な攻撃力をもたらし、チーム創設72年目にして初のセリエA昇格に大きく貢献、更にセリエA01/02シーズン、誰もが予想出来なかった大旋風を巻き起こし、その原動力の1人としてマンフレディーニの名を知らしめたのである。この活躍からシーズン終了後に強豪ラツィオへ引き抜かれたが多くの出場機会に恵まれないままシーズン途中にしてスペインへ活躍の場を移す。そして自身初の対戦となる強豪レアル・マドリード戦において得意の左サイド突破から自ら決勝弾を挙げ勝利に貢献、その名はすぐにスペイン中にも知れ渡る事となった。残念ながら翌シーズンよりイタリアへ戻ったが、プレースタイル的にスペインの方が活躍出来ると感じるのは私だけだろうか・・・。

キエーヴォでの活躍もあり2001年11月には正式にコートジボアール協会からの代表要請を受けるが、名誉な事としながらこれを断り、あくまでもイタリア代表としてピッチに立つ事を夢見て過ごした。しかし、当時イタリア代表を率いたトラパットーニ、その後を引き継いだリッピからは声がかからず、2006年2月末、コートジボワール代表監督アンリ・ミシェルは改めて代表に要請、これを受けてコートジボワール代表を選択する。結果的に現在まで出場は果たしておらず、当然ながら2006年W杯メンバーに選出される事はなかった。今尚どちらの代表も選択可能なのだが、代表選択のタイミングを逃した感もあり、今後どちらかの代表でデビューを果たすには相当なインパクトを残す必要があるだろう。

(02/08/30 Created)(07/02/12 Last updated)
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