MANICHE

マニシェ

マニシェのフォト
 フルネームヌーノ・リカルド・オリヴェイラ・
リベイロ
 国籍ポルトガル
 生年月日1977年11月11日
 出身地リスボン
 ポジションMF
 身長・体重174cm・73kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2006年ベスト4
所属クラブ
1995-96ベンフィカ
1996-99アルヴェルサ
1999-02ベンフィカ
2002-05ポルト
2005-06ディナモ・モスクワ(ロシア)
2005-06チェルシー(イングランド)
2006-08アトレティコ・マドリード(スペイン)
2007-インテル(イタリア)

中盤において攻守に渡り存在感を示すポルトガル代表MF。豊富なスタミナと持前の闘争心を活かしたハードなマークに優れ、タイミングの良い攻め上がりから放つ強烈なミドルシュートも大きな武器の一つである。

マニシェことヌーノ・リカルド・オリヴェイラ・リベイロはポルトガル名門ベンフィカの育成機関で育ち、1996年に2部リーグアルヴェルサにレンタルされプロデビューを果たした。ここで主力として3シーズン経験を積み97/98シーズンには1部昇格の原動力となると翌シーズンには1部残留にも貢献した。この成長が認められベンフィカへ復帰するとマニシェのキャリアの中では最多の10得点を記録、翌シーズンもチームの中心となって活躍した。だが一方マニシェに対する待遇面が改善させる事はなくチームへの不信感をつのらせフロント陣との確執が表面化、チーム会長を公に批判した事でサテライトチームへの降格という信じられないペナルティを受ける事となる。

01/02シーズンをサテライトで過ごし苦境に立たされたマニシェであったが、これを救ったのが2002年よりポルトの指揮官となるモウリーニョである。ベンフィカ監督時代、マニシェの素質を見抜いていたモウリーニョは不遇にあったマニシェすぐさまポルトへ呼び寄せるとブランクを気にする周囲の声を無視してチームの中核に据えたのである。この期待に応えポルト加入後のマニシェは水を得た魚のような活躍を見せるようになり02/03シーズンのリーグ、国内カップ、更にはチーム初となるUEFAカップまでも獲得しセンセーションを巻き起こした。更に翌シーズンにはリーグ連覇に加えチャンピオンズ・リーグまでも獲得、準々決勝リヨン戦セカンドレグでは勝利を決定付ける2得点も記録し、その名は世界的なものとなったのである。

翌05/06シーズン、デコやリカルド・カルヴァーリョといったスターを失い更に指揮官モウリーニョもチェルシーへ引き抜かれたチームは低迷、孤軍奮闘するマニシェも海外移籍を熱望するようになり、このシーズンを最後に約1500万ユーロ(20億円)という破格の移籍金でロシアへと活躍の場を移す事となる。しかしロシアの環境に馴染めずわずか半年でチームを離れ恩師モウリーニョが指揮するチェルシーへレンタルされた後、06/07シーズンよりスペイン名門アトレティコ・マドリードへ加入したがアギーレ監督の構想から外れ07/08シーズン途中にセリエA強豪インテルへ加入している。

代表デビューはデコのデビューで有名な2003年3月29日ブラジル戦。代表初召集で初先発に名を列ねると対ブラジル戦37年振りの勝利に貢献しフェリペ監督の信頼を勝ち取った。翌年欧州選手権ではクラブでの好調振りをそのまま引き継ぐパフォーマンスを見せて準優勝に貢献、グループリーグ第3戦背水の陣で挑んだロシア戦でのゴール、そして準決勝オランダ戦でのゴールは非常に価値のある優れた得点であり、この大会の活躍によって2004年UEFAベスト11にも選出されている。その後始まったW杯欧州予選では全試合に出場しドイツ行きの切符を手にすると迎えた本大会でも抜群の存在感でチームを牽引、全7試合に出場しチーム唯一の2得点を記録すると大会オールスターチーム(優秀選手)にも選出されている。

(08/01/16 Created)
Presented by SHOW

football Island
FOOTBALL ISLANDバナー