Massimo MARAZZINA
マッシモ・マラッツィーナ | ||||||||||||||||||||||||
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優れたゴールへの嗅覚と強烈なシュート力を武器に高い決定力を誇り、アシスト能力にも優れる元イタリア代表ストライカー。その存在は長い間注目される事はなかったが01/02シーズンにおけるキエーヴォの躍進を支えた事でその名は世界中に知れ渡った。 インテルのユースで育ったマッシモ・マラッツィーナは1994年2月27日トリノ戦にてトップデビューを果たすが、ここでは才能を開花しきれず94/95シーズンよりフォッジアでプレーした後96/97シーズンより当時セリエBにあったキエーヴォに加入する。ここでレギュラーとして活躍しシーズンを重ねる事に大きく成長、99/00シーズンには16得点を挙げる程の活躍を見せた。00/01シーズン、セリエAレッジーナにレンタルされた後翌シーズンよりセリエAへ昇格を果たしたキエーヴォへ復帰、このシーズンチーム最多の13得点を記録するなど初のセリエA挑戦となるシーズンながら5位という大躍進に大きく貢献した。シーズン終了後にはミラン、ユベントスなどのビッグクラブが興味を示すが残留、シーズン途中に低迷するローマへ引き抜かれたが目立った活躍には至らず03/04シーズンよりA昇格を果たしたサンプドリアへ加入するもレギュラーの座を奪えず、シーズン途中モデナへ移るが、ここでも期待に応える事が出来ずチームもB降格となってしまった。 キエーヴォを離れた以降不運に見回れて来たが04/05シーズンより加入したセリエBトリノにて復活を遂げ、14得点を挙げる活躍でチームをA昇格に導いた。しかし、チームの財政難が明るみになるとトリノのセリエA昇格は剥奪され自身は不本意な形でシエナへと移籍、現在は05/06シーズンより加入したセリエBボローニャにて輝きを取り戻しつつある。 クラブでの活躍がイタリア指揮官トラパットーニ監督の目にとまり2002年2月13日アメリカ戦にて代表デビュー、しかしW杯メンバー候補にも挙げられながら結局は落選してしまったのは残念な所。 (02/10/02 Created)(07/02/12 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||||