Josef MASOPUST
ヨゼフ・マソプスト | ||||||||||||||||||
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素晴らしいテクニックと巧みなドリブルでゲームメーカーとして活躍、戦術眼にも優れピッチ上の指揮官として絶大な存在感を示したチェコスロバキアの英雄であり2000年末にはチェコ20世紀最優秀選手選出されている。 プレーヤーとして全盛期であった20代の頃は海外への移籍が認められておらず1952年より加入したデュクラ・プラハにてプロキャリアのほとんどを過ごすと、チームに60年代黄金期をもたらした。61/62シーズンより3年連続してチャンピオンズ・カップベスト8に導き66/67シーズンには同大会ベスト4進出に貢献、国内リーグでも通算8度のリーグ優勝、3度の国内カップ優勝に導いている。キャリアの最後は許された海外移籍を実現させベルギーにてプレーしている。 代表デビューは1954年W杯後の10月24日ハンガリー戦。その後1年半近くは出場機会に恵まれなかったが1956年4月のブラジル戦にて代表復帰を果たし、代表3試合目となったスイス戦にて代表初得点も記録、以後不動の地位を確立させていく。1958年W杯では1次リーグ敗退となったものの全4試合に出場すると1960年欧州選手権では3位という好成績に貢献、更に1962年W杯では全6試合に出場し母国を決勝に導いている。決勝ブラジル戦では先制点を記録するなど素晴らしい活躍を見せ、結局優勝の栄光には届かなかったものの、この活躍が認められこの年の欧州最優秀選手にも選出された。1966年5月18日ソ連との親善試合を最後に代表を引退、代表通算63試合10得点の記録を残している。 余談ではあるが、マラドーナの5人抜きは非常に有名であるが、このマソプストは1960年5月1日オーストリアとの親善試合において驚異の6人抜きからゴールを記録しており今尚伝説として語られている。 (05/03/07 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||