Johan MICOUD
ヨハン・ミクー | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
トップ下からボランチまで幅広いポジションでプレー出来る視野の広さを持ち、ファンタジー溢れるパスセンスが最大の持味。フランス代表ではジダンの存在に加えドメネクとの確執から大きなインパクトを残せなかったがクラブレベルでは素晴らしいプレーでファンを魅了、パルマ時代中田とポジションを争った事から日本での知名度も高いと思われる。 1992年、ディビジョン2カンヌにてキャリアをスタートさせチームをディビジョン1に昇格させる活躍を見せると1993年7月24日サンテティエンヌ戦にてディビジョン1デビュー、昇格チームながらリーグ6位躍進の原動力となり注目を集める。1996年に名門ボルドーに引き抜かれ98/99シーズンにはチーム12年振りのリーグ優勝に貢献、このシーズン得点王となったヴィルトールにとって、ミクーの正確なパス技術は絶対不可欠であったと言っても過言ではないだろう。 00/01シーズンよりパルマへ加入、テュラム、ラムシ、ボゴシアン等フランス出身選手の揃うチームにおいて、すぐに環境に慣れると素晴らしいパスセンスを駆使してチームを上位に押し上げる原動力となった。しかし01/02シーズン、鳴り物入りでチームに加入した中田の存在によってほぼ構想外となってしまい、その後レギュラーを奪取するもクラブの低迷を阻止する事が出来ないまま02/03シーズンよりブレーメンへ移籍する。ここで再び輝きを取り戻し、チームの10番を背負い攻撃の要としてクラブの躍進に貢献、03/04シーズンには10得点8アシストと輝かしい活躍を見せリーグ優勝の原動力となれば05/06シーズンにはリーグトップとなる14アシストを記録するなど、その存在価値は絶大であり近年のブレーメンの躍進に大きな役割を果たした。ブンデスリーガ通算123試合31得点の記録を残し06/07シーズンより古巣ボルドーへ戻っている。 代表では1999年8月の北アイルランド戦にてデビュー、その後はジダンの控えとして代表常連となり2000年欧州選手権にも出場し優勝メンバーに名を列ねた。一時期代表から遠ざかるもリーグ戦で見せるパフォーマンスが評価され代表復帰、2002年W杯にも1試合ながら出場している。その後ブンデスリ−ガにおいて素晴らしい活躍を見せたが、代表監督であるサンティニ、その後を引き継ぐドメネクの信頼を得られず関係は悪化、ミクー自身絶好調時の2004年欧州選手権、2006年W杯共にメンバーに選ばれる事はなかった。 余談だが、名前である「ヨハン」は、クライフのファンであった父親が名付けたものらしい・・・。 (02/03/05 Created)(07/02/17 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||