Alexei MIKHAILICHENKO

アレクセイ・ミハイリチェンコ

アレクセイ・ミハイリチェンコのフォト
 フルネームアレクセイ・ミハイリチェンコ
 国籍ソ連・ウクライナ
 生年月日1969年1月19日
 出身地キエフ
 ポジションMF
 身長・体重179cm・73kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯なし
所属クラブ
1983-90ディナモ・キエフ
1990-91サンプドリア(イタリア)
1991-96レンジャース(スコットランド)

驚異的なスタミナを誇り、ピッチのあらゆる場に顔を出して攻守に渡って活躍、守備力、攻撃力共にバランスのとれた能力でチームを牽引した。

1973年にディナモ・キエフの育成機関に入りしたアレクセイ・ミハイリチェンコは将来有望株として育てられると、その期待に応えるように各カテゴリーでエースとして活躍する。1983年にトップデビュー、1985年には自身初となるリーグ優勝を果たすと85/86シーズン欧州カップ・ウィナーズカップでも優勝に貢献、1986年にもリーグ連覇を達成し1988年にはソ連最優秀選手にも選出された。1990年夏、セリエAサンプドリアへ引き抜かれ、わずか1シーズンの在籍ながら24試合に出場しスクデット獲得に貢献する。キャリアの最後を過ごす事となるレンジャースでは在籍した5シーズンすべてリーグ優勝達成、これにより3ケ国で通算9度のリーグ優勝を成し遂げた事になる。

代表としての活躍も素晴らしく、1987年4月29日地元で行われた欧州選手権予選東ドイツ戦にてデビューを飾ると翌年開催された欧州選手権では5試合に出場しチームの準優勝に貢献する。更にこの年ソウルで開催されたオリンピックでは6試合5得点の活躍でチームの金メダルに貢献、この年のバロンドール選考会ではオランダの最強トリオ、ファンバステン、フリット、ライカールトに次ぐ4位に選出されている。残念ながら1990年W杯を怪我で棒に振ったが、ミハイリチェンコを欠いたソ連がグループリーグ最下位で姿を消したのは当然の結果と言えるだろう。

1991年8月のウクライナ独立後もソ連代表としてプレー、通算41試合9得点の記録を残した後199210月28日ベラルーシ戦にてウクライナ代表デビューも果たし通算2試合に出場している。

(06/05/11 Created)
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