Diego MILITO
ディエゴ・ミリート | ||||||||||||||||||
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素晴らしい瞬発力と得点感覚を備えたストライカーでありガブリエル・ミリートの実兄としても知られる。また、容姿は自身のアイドルでもある元ウルグアイ代表スター、フランチェスコリに瓜二つであり多少プレースタイルは違うものの、時に「フランチェスコリの再来」かと思わせる。 ディエゴ・ミリートはブエノスアイレス郊外の町ベルナウに生まれ幼い頃からプロ選手になる事を志し、フランチェスコリに憧れて育つ。名門ラシンにてその夢を実現させデビュー以来チームの「11番」を背負い主力として活躍、01/02前期リーグには全試合に出場しクラブ35年ぶりとなるリーグ優勝に大きく貢献した。03/04シーズンより祖父母の母国であるイタリアへ渡り名門ジェノアをセリエAへ復帰させるためにプレー、04/05シーズンには得点ランク2位となる通算21得点のゴールラッシュを記録しチームをB優勝に導きセリエA復帰を達成させたかに思えたがシーズン終了後にクラブの八百長疑惑からセリエCへ降格となる信じられない事件に巻き込まれた。夢であったセリエAの舞台は脆くも消えたが、これだけ活躍した選手を他クラブが見過ごすはずもなく各国クラブからオファーが舞い込み実弟がプレーするスペインリーグ、サラゴサへと移籍する事となる。移籍当初は「レベルの劣るセリエBからの加入」「弟の七光り」など懐疑的な目で見られるが、2005年9月11日バレンシア戦でのデビュー以来実力でファンの心を掴んで通算15得点と上々のリーガデビューシーズンを飾りエースの地位を確立させた。翌シーズンには23得点とゴールを量産、欧州屈指の点取り屋として地位を確立させたが翌07/08シーズン、自身は15得点と高い決定力は示したもののチームの状態が悪くまさかの降格を屈する事となった。 代表キャリアは同年代のアイマール等のようなエリート街道を歩んで来た訳ではなく、同じミリートでも脚光を浴びるのはユースレベルから活躍する弟ガブリエルの方であった。しかし、ラシンでの活躍からようやく声がかかり2003年1月31日ホンジュラス戦にて代表デビューを果たすとこの試合で代表初得点も記録した。2004年9月ビエルサ監督の突然の辞任以降代表ピッチに立つ事はなかったが、欧州での活躍は当時代表を率いたペケルマンも無視出来ず2006年3月クロアチア戦において久々の代表キャップを刻んだ。残念ながら層の厚いアルゼンチン代表のW杯メンバーに選出される事はなかったが、ペケルマンの後を引き継いだバシーレの元で代表の常連となっている。 (06/05/16 Created)(08/05/21 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||