Johan MJALLBY
ヨハン・ミャルビー | ||||||||||||||||||
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経験を活かした的確なポジショニングに鋭い読み、フェアでいて容赦ないマンマーク、そして何より空中戦に絶大な力を発揮した元スウェーデン代表プレーヤー。 スウェーデン名門AIKの育成機関で育ったミャルビーは1990年にプロデビューを飾る。1997年、1998年の国内カップ獲得に貢献した後、翌98/99シーズン途中、スコットランドのセルティックへ引き抜かれる。1998年11月21日宿敵レンジャーズ戦にてリーグデビューを飾り5ー1の大勝に貢献し瞬く間にレギュラーの座を獲得、99/00シーズンのリーグカップ優勝に始まり翌00/01シーズンにはリーグ、カップの2冠に大きく貢献、01/02シーズンにもリーグ連覇を達成した。 代表デビューは1997年3月12日イスラエル戦、2000年欧州選手権にも出場し得点を挙げるなどの活躍を見せる。2002年W杯欧州地区予選には5試合に出場し2大会振りの本大会出場に貢献する。むかえたW杯本大会、堅守を誇るスウェーデンだったが守備の要でもあるP・アンデション、サーレンベ等を大会前のアクシデントにより失っていた。代わってキャプテンを勤める事となったミャルビーであったが、それを補って余り有る見事なまでの統率力とラインコントロールを見せて「死のグループ」と言われたグループリーグの1位通過に貢献、中でもアルゼンチン戦で見せた見事なプレーは多くの人々に深い印象を与えた。(この試合のマン・オブ・ザ・マッチに選出されている。)また、ミャルビーの2002年W杯空中戦勝率80・6%はイングランド代表ファーディナンド等を抑えて全選手中トップであった。しかし、この大会で負った右膝軟骨の怪我からその後は常に怪我との戦いが続き04/05シーズンより加入したレバンテでは3試合に出場した後再び膝の手術を受ける不運を経験、翌年には母国の古巣AIKに戻ったが傷が回復する事なく現役引退となった。 (02/10/22 Created)(06/05/17 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||