Paolo MONTERO
パオロ・モンテーロ | ||||||||||||||||||
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素晴らしい判断力と身体を張ったプレーによってディフェンス陣を統率、キャリアのほとんどを過ごすセリエAでは歴代最多となる16回の退場記録を持ちながらも信頼のおける選手の1人であり世界有数のディフェンダーとして活躍した。 1991年シーズン、母国強豪ペニャロールにてトップデビュー、2シーズンで34試合に出場した後、92/93シーズンよりイタリアへ渡る。1992年9月6日パルマ戦においてセリエAデビューを果たすとここで4シーズンを主力として活躍。1996年より強豪ユベントスのメンバーとなりこのシーズンのスクデット獲得に大きく貢献すると翌シーズンの連覇にもなくてはならない存在であった。02/03シーズン、自身4度目のスクデット獲得も果たしたが自身初となるチャンピオンズ・リーグ制覇の夢はPK戦の末ミランの前に打ち砕かれた。04/05シーズンに入り出場機会が激減したものの自身通算5度目のスクデットに貢献(その後このスクデットはチームの八百長疑惑により取消)、シーズン終了後13年過ごしたイタリアを後にしアルゼンチンリーグ、そして母国リーグへ復帰、2007年に現役生活を終えている。 ウルグアイ代表としては1991年5月5日のアメリカ戦にてデビュー。1994年、1998年と2大会連続してワールド杯出場は逃したが2002年ワールド杯南米予選ではキャプテンとして13試合に出場、本大会出場権獲得の原動力として活躍する。本大会ではグループリーグ敗退となってしまったが自身の悲願でもあったワールド杯、3試合すべてにフル出場を果たした。2006年ワールド杯を賭けたオーストラリアとのプレーオフで敗れたのを最後に代表を引退、通算61試合5得点の記録を残している。 (02/07/04 Created)(08/01/15 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||