Fernando MORIENTES

フェルナンド・モリエンテス

フェルナンド・モリエンテスのフォト
 フルネームフェルナンド・モリエンテス
サンチェス
 国籍スペイン
 生年月日1976年4月5日
 出身地トレド
 ポジションFW
 身長・体重184cm・78kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1998年グループリーグ敗退
2002年ベスト8
所属クラブ
1993-95アルバセテ
1995-97レアル・サラゴサ
1997-03レアル・マドリード
2003-04モナコ(フランス)
2004-05レアル・マドリード
2004-06リバプール(イングランド)
2006-バレンシア

ヘディングに強く、両足から正確なシュートが狙える上ポストプレーにも優れる。貪欲にゴールを狙い、ストライカーとしてのポテンシャルを輝かせつつ、アシスト能力にも秀出るスペイン代表ストライカー。

フェルナンド・モリエンテスは1993年11月7日A・ビルバオ戦にて弱冠17才でトップデビュー、翌シーズンの20試合5得点の活躍が認められ、R・サラゴサへ移籍するとここで一気に才能を開花させ2シーズン通算66試合28得点を記録する。97/98シーズンより強豪レアル・マドリードへ移籍するとこのシーズンのチャンピオンズ・リーグ制覇に大きく貢献、99/00シーズンには再びチャンピオンズ・リーグ制覇に貢献する。(決勝のバレンシア戦では貴重な先制弾を挙げている。)00/01シーズンには怪我に苦しみながらもリーグ制覇に貢献、翌01/02シーズンには無冠に終わったがモリエンテス自身は第25節ラス・パルマス戦にて1試合5得点を挙げるなど通算18得点を挙げる活躍を見せた。しかしロナウドの加入した02/03シーズンより出場機会は激減、03/04シーズンよりフランスモナコへ1年間のレンタル加入をする事となったが、ここでその能力の高さを改めて証明、フランスリーグにて通算10得点を挙げチームを牽引すれば、チャンピオンズ・リーグでは通算9得点を挙げ得点王獲得、モナコの決勝進出に大きな役割を果たし、UEFAの選ぶシーズン最優秀FWにも選出された。また、準々決勝で対戦した古巣レアル・マドリード戦ではホーム、アウェイ共にゴールを記録し多くの感動を呼んでいる。その後復帰したレアルにて不動の地位を築くかに思えたが、チームは新たにイングランドの至宝オーウェンを獲得するなど、再びベンチをあたためる結果となりレアルとの決別を決意、シーズン途中にしてリバプールへ完全移籍する事となった。シーズン途中の加入であったため、このシーズンのチャンピオンズ・リーグ制覇には貢献したとは言えず、その後も地位を確立する事が出来なかったのは残念であったが、再び水の合うスペインリーグへ移籍後は改めて能力の高さを証明、06/07シーズンチャンピオンズ・リーグ初戦オリンピアコス戦でいきなりハットトリックを達成させるが、この時の3点目はモリエンテスにとってチャンピオンズ・リーグ通算30得点目となるメモリアルゴールでもあった。

ユース代表としてラウル等と共にアトランタ五輪を経験したモリエンテスは、1998年W杯を前にしたテスト・マッチスウェーデン戦にてフル代表デビュー、ここで6分間に2得点を挙げる鮮烈なデビューを飾った。W杯本大会では初戦のナイジェリア戦こそ出場機会に恵まれなかったが、続くパラグアイ戦後半途中から初のW杯を経験すると第3戦のブルガリア戦ではフル出場2得点の活躍を見せた。国際舞台にて更に飛躍を遂げるかと思われた2000年欧州選手権では不可解な代表落ちを経験、その後怪我などに苦しみ2001年5月には股関節の手術を決行、長期のリハビリを余儀なくされる。しかし、2002年W杯欧州予選の終盤に代表復帰、復帰戦となるオーストリア戦では2ゴールを記録する活躍を見せ、完全復活を印象付けると本大会では主力として全5試合に出場、3得点を挙げる活躍でベスト8進出の原動力となった。しかし2004年欧州選手権後、監督に就任したアラゴネスの元では重要視されず、リバプールでの不調も手伝って2006年W杯メンバーから漏れたのは残念な所である・・。

(02/03/08 Created)(06/09/17 Last updated)
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