Alexander MOSTOVOI

アレクサンダー・モストボイ

アレクサンダー・モストボイのフォト
 フルネームアレクサンダー
ウラディミロビッチ・モストボイ
 国籍ロシア(ソ連)
 生年月日1968年8月22日
 出身地ザンクトペテルスブルク
 ポジションMF
 身長・体重181cm・77kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1994年グループリーグ敗退
2002年グループリーグ敗退
所属クラブ
1987-91スパルタク・モスクワ
1992-93ベンフィカ(ポルトガル)
1993-94カーン(フランス)
1994-96ストラスブール(フランス)
1996-04セルタ・デ・ヴィーゴ(スペイン)
2004-05アラヴェス(スペイン)

抜群のボールコントロールと絶妙なスルーパス、変則的なドリブル、両足から放たれるフィニッシュ。古典的とも言える司令塔であり、そのテクニックは欧州屈指と称された元ロシア代表ファンタジスタ。

1987年、スパルタク・モスクワにてデビューを果たすとすぐにレギュラーとして活躍、デビューシーズンの最優秀新人賞を獲得する。ここで5シーズンを過ごし2回のロシアリーグと1回のロシアカップのタイトルに貢献。その後加入したポルトガルでは出場機会に恵まれなかったがストラスブールにて真価を発揮すると1996年にセルタへ引き抜かれ1996年9月22日レアル・ベティス戦にてリーガデビューを果たした。セルタはそれまでリーグ10位以下に低迷するチームであったがモストボイの加入によってその後の大躍進を実現、絶大な存在感を示した。契約満了となる03/04シーズンを最後にチームを去り、その後しばらくはサッカー界から離れたが2005年に入り、リ−ガ2部のアラヴェスにてプレーしている。

旧ソ連代表として1990年11月3日イタリア戦にて代表デビュー、主力として15試合に出場し、旧ソ連崩壊後はロシア代表攻撃の要として10年以上もの間君臨する事となる。1994年W杯にも出場すると2002年W杯出場権獲得に大きく貢献、しかし、2002年W杯本大会を目前に怪我をしてしまい、ピッチに立つ事なくチームはグループリーグ敗退・・もし、モストボイが万全で挑んでいたなら決勝トーナメント進出は確実であったのかもしれない・・・。また2004年欧州選手権では初戦スペイン戦に敗れた後、監督批判を口にしたため代表を追放された。司令塔を失ったチームは次のポルトガル戦にも敗戦、早々に予選敗退となった原因の一つとなったのは非常に残念な所であった。ロシア代表通算50試合10得点。(旧ソ連時代と合わせ65試合13得点)

(01/08/23 Created)(06/09/17 Last updated)
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