Phil NEAL
フィル・ニール | ||||||||||||||||||
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鋭い攻撃参加と堅実な守備力を兼ね備えPKのスペシャリストとしても知られる。70年代から80年代リバプール黄金期の右サイドバックとして長期に渡り君臨すると驚異の鉄人ぶりを発揮しクラブレコードとなる417試合連続出場記録を樹立、また、8シーズン中4度の欧州チャンピオンとなったリバプールにおいて、すべての優勝を経験したのはニールただ1人であった。 当時ディビジョン3のノーサンプトン・タウンでキャリアをスタートさせたフィル・ニールはリーグ通算186試合に出場し多くの経験を積むと74/75シーズン途中当時リバプールで活躍していた右サイドバック、クリス・ローラーの後釜としてこの名門へ引き抜かれる。1974年11月16日エバートン戦にてディビジョン1(現プレミア)デビューを飾ると名将ボブ・ペイズリーの信頼を瞬く間に勝ち取り以後10年以上に渡りレギュラーとして君臨する事となる。リーグ優勝7回に加え4度のチャンピオンズ・カップ等数多くのタイトルに貢献しクラブ歴代1位となる20を超えるタイトル獲得に成功、更に1976年10月23日リーズ戦から1983年9月24日マンチェスター・U戦までリーグ、国内カップ、欧州カップを含むすべての試合に連続出場し417試合連続出場クラブ記録を樹立させた。(リーグ戦では1974年12月から1983年10月まで365試合連続出場のリーグ記録保持者)しかし、キャプテンとして挑んだ84/85シーズンチャンピオンズ・カップ決勝での悲劇(ヘイゼルの悲劇)以降イングランドのチームは欧州の舞台からはじき出され、ニール自身もこの悲劇をひきずるかのように翌シーズン途中当時ディビジョン3にあったボルトンへと移籍し表舞台から姿を消している。(ここでは移籍初年度からプレーイングマネージャーとして指揮をふるっている) クラブではこれ以上ないタイトルに貢献したニールであったが低迷期にあったイングランド代表としては思うような活躍は出来ておらず1980年欧州選手権、1982年ワールド杯と2度の大舞台は経験したものの満足のいく結果ではなかった。それでも1976年3月24日のデビューから通算50試合に出場、リバプールでの活躍もありイングランド代表歴代ベスト11に名をあげるファンも多いのではないだろうか。 ●ヘイゼルの悲劇=ベルギー、ブリュッセルのヘイゼル・スタジアムで開催された84/85シーズンチャンピオンズ・カップ決勝(ユベントスvsリバプール)において試合開始前リバプールサポーターがユベントスファンの陣取る区域へ乱入、死者38人、負傷者300人以上を出す大惨事となった。しかも、延期を主張する選手の意思を無視し試合が普通に行われたという信じがたい大会となった。 (07/02/23 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||