Pavel NEDVED

パベル・ネドベド

パベル・ネドベドのフォト
 フルネームパベル・ネドベド
 国籍チェコ
 生年月日1972年8月30日
 出身地スカルナ(チェブ)
 ポジションMF
 身長・体重177cm・70kg
 個人タイトル2003年欧州最優秀選手
(F・F誌)
2003年世界最優秀選手
(W・S誌)
 ワールド杯2006年グループリーグ敗退
所属クラブ
1991-92デュクラ・プラハ
1992-96スパルタ・プラハ
1996-01ラツィオ(イタリア)
2001-ユベントス(イタリア)

豊富な運動量を武器にピッチを縦横無尽に駆け巡り、鋭くハイレベルなドリブルで切れ込むそのプレーは世界最高と言える。また、左右両足から繰り出されるシュートは脅威的な破壊力を持ち多くの得点を記録、献身的なディフェンスも持味の1つであり、ネドベドの存在によってチームは必ず攻守に活性化する。

プロサッカー選手であった父親の影響からサッカーを始め、故郷スカルナの下部組織を経て1991年に名門デュクラ・プラハへ加入する。19才でトップデビューを果たし、瞬く間にその存在を国内に知らしめると翌年には強豪スパルタ・プラハへ引き抜かれる。加入シーズン、18試合に出場しチェコスロバキアリーグ最後の王座に貢献、チェコリーグ初年度となった93/94シーズンには23試合に出場し3得点、クラブにリーグ連覇をもたらす活躍を見せた。(翌シーズンには3連覇も達成する。)1996年、同郷のゼーマン監督が率いるラツィオへ引き抜かれ同年9月7日ボローニャ戦にてセリエAデビュー、不馴れなボランチでのプレーから戦術的に苦しむ事となったがその後指揮官となったゾフ監督の元では素晴らしい活躍を見せるようになる。エリクソン(後のイングランド代表監督)体制となってからは再び控え選手的扱いを受けるが反発する事なく地道な練習に励み、地力でレギュラーポジション確立、99/00シーズンのスクデット獲得はネドベドを抜きにして語る事は出来ない程の活躍を見せた。ファンに最も愛されていたネドベドであったが、クラブの財政危機から850億リラにてユベントスへ電撃移籍、ここでも序盤は戦術に噛み合わず苦しむも次第に真価を発揮、このシーズンのスクデット獲得に貢献すると翌シーズンにはスクデット連覇に多大なる貢献をして見せた。また、このシーズンのチャンピオンズ・リーグではチームを決勝に導きワールドサッカー誌の選出する世界最優秀選手賞、そしてバロンド−ルにも輝いた。ただ、残念であったのはチャンピオンズ・リーグ決勝にて累積警告から夢の舞台に立つ事が出来ず、チームも準優勝に終わった事。ネドベドがいれば違う形での結幕が予想されただけに自身にとっても悔やんでも悔やみきれない心境であったと思われる・・。05/06シーズンのスクデット獲得に貢献した後、発覚したチームの八百長疑惑によってユベントスはセリエB降格のペナルティ・・これを受け多くの主力がチームを去る中ネドベドは残留を表明、チームをセリエAへ引き戻すべく奮闘し33試合11得点の活躍で見事この重責を果たしている。

代表デビューは1994年6月5日、ダブリンで開催されたウェールズ戦。1996年の欧州選手権でポボルスキー等と共に大活躍、下馬評を覆し見事に準優勝を獲得、世界中から注目を集める。2000年欧州選手権でもダークホースと期待されたが1998年W杯覇者フランス、開催国オランダと同じグループになるという不運もあってグループリーグ敗退となってしまうも、それらのチームと互角の戦いを演じ、改めてチェコと言う国を、そしてネドベドと言う選手の素晴らしさを証明して見せた。

そのプレーを目にしたなら間違い無く「感動」を抱かせてくれる選手であったが2002年W杯欧州予選プレーオフにて敗れたため日本(韓国)のピッチに立つ事がなかったのは非常に残念であった。しかし、プレーオフでの敗退以後、無敵艦隊と化したチェコ代表を牽引し2004年欧州選手権出場権獲得に大きく貢献、本大会でも素晴らしいパフォーマンスを見せてベスト4進出に貢献した。準決勝ギリシャ戦前半40分の接触プレーにより負傷退場しチームも延長の末敗れたのは悔やまれる所であったが、ネドベドの存在の大きさを改めて証明した大会であったのは言うまでもない。大会後代表引退を表明、その後クラブレベルにて今まで通りの素晴らしいプレーでファンを魅了していたため、代表復帰を望む声は後を断たず2005年11月W杯をかけたノルウェーとのプレーオフにて代表復帰を果たし、見事本大会出場に貢献して見せた。自身初の舞台となったW杯では初戦コレルの負傷もあって残念な結果に終わったが、ネドベドのプレーと存在感は間違いなく素晴らしいものであった。個人的にもW杯と無縁に終わらせるのは残念な選手だと思っていただけにネドベドの勇姿がW杯の舞台で見れたのは嬉しい限りであった。大会後2006年8月16日セルビア戦を最後に代表引退、通算91試合18得点。1998年、2000年、2003年、そして2004年と4度のチェコ最優秀選手賞受賞。

(01/07/06 Created)(08/02/24 Last updated)
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