Johan NEESKENS
ヨハン・ニースケンス | ||||||||||||||||||||
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トータルフットボールで知られる70年代オランダ代表、クライフと共に語り継がれるスタープレーヤーがヨハン・ニースケンスである。中盤を幅広く動き回り攻守に渡って活躍、高い身体能力と素晴らしいファイティング・スピリッツを兼備え、激しいタックルやアクロバティクなプレーも持味。またPK職人である事も知られている。異名「もう1人のヨハン」。 1970年、クライフの所属するアヤックスに加入し頭角を現したヨハン・ニースケンスは71/72、72/73シーズンオランダリーグ優勝、さらには70/71シーズンからのチャンピオンズ・カップ3連覇に大きく貢献した。その後チームを去ったクライフの後を追うようにバルセロナへ加入、1974年9月7日レアル・ソシエダ戦にてスペインリーグデビューを飾るとここでもクライフとの素晴らしいコンビでファンを魅了したが、レアル・マドリード黄金期の中ではリーグ優勝は成し得ず、77/78シーズンの国内カップ、78/79シーズンのカップウィナーズ・カップのタイトルしか手中に出来なかった。1979年より米国リーグコスモスへ加入、あのベッケンバウワー等と共にプレーし、1980年、82年のリーグ優勝に貢献、キャリアの終盤はスイスにてトレーナー兼プレーヤーとしてプレーしている。 1970年11月11日東ドイツ戦にて代表デビュー、1974年ワールド杯ではクライフ等と共に「トータルフットボール」でサッカー界に革命を起こし準優勝に貢献(7試合5得点)する。1976年欧州選手権では大雨の中行われた準決勝チェコスロバキア戦において退場となり、チームも敗れる不運を経験しているが、2年後1978年ワールド杯では「クライフの辞退から弱体化」の予想を覆し、再び準優勝の原動力となって見せた。代表通算49試合17得点。 (02/04/18 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||