Alessandro NESTA

アレッサンドロ・ネスタ

アレッサンドロ・ネスタのフォト
 フルネームアレッサンドロ・ネスタ
 国籍イタリア
 生年月日1976年3月19日
 出身地ローマ
 ポジションDF
 身長・体重187cm・79kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1998年ベスト8
2002年ベスト16
2006年優勝
所属クラブ
1993-02ラツィオ
2002-ミラン

素晴らしい身体能力とスピードを誇り、空中戦、1対1にも抜群の強さを発揮、大舞台で怪我に見舞われる不運も多いが、20半ばの若さで世界最高のディフェンダーという称号を手に入れたイタリア代表スター選手である。

ローマ出身であるアレッサンドロ・ネスタは地元人気チームラツィオのユースチームへ入団。1993年、トップチームに昇格すると、93/94シーズン終盤3月のウディネーゼ戦にてデビューを果たす。その後、名将ゼーマンがチーム監督に就任すると絶大な信頼を受けレギュラーとしての地位を確立、99/00シーズンには悲願のリーグ制覇を達成し当時世界のスタープレーヤーの揃う多国籍チームのキャプテンとして抜群の存在感を示した。その後クラブの財政的理由からミランへ加入、いきなりチャンピオンズ・リーグ、コパ・イタリアの2冠達成に大きく貢献すると、翌03/04シーズンには自身2度目のスクデット獲得を果たした。

Uー18、Uー21代表としてプレーし1996年五輪にも出場した。そして1996年10月5日モルトヴァ戦、フェラーラの怪我からチャンスを掴み代表デビューを果たすと、当時からチームの主力として活躍していたパオロ・マルディーニに「未来のイタリアを背負って行くプレーヤー」とまで言わしめ、その期待通りの成長を見せて行く事となる。1998年W杯では大会中の怪我によって満足出来るプレーは出来ずにベスト8で姿を消し2000年欧州選手権ではフランスの前に後1歩の所で優勝を逃す。2002年W杯でもグループリーグ3試合すべてにおいて素晴らしいプレーを見せたが、怪我で出場出来なかった決勝トーナメント1回戦でチームは開催国韓国に敗れ自身にとっては納得のいかないまま大会を終える事となった。2004年欧州選手権では万全のコンディションで挑むもチーム状態が悪くグループリーグで敗退、リベンジを賭け挑んだ2006年W杯ではグループリーグ第3戦チェコ戦においてまたしても怪我に見舞われ残り試合すべてを棒に振った。その後マテラッツィが穴を埋め優勝を成し遂げるイタリア代表であったがネスタ自身にとっては不完全燃焼に終わったと言えるだろう。

(02/01/18 Created)(07/02/16 Last updated)
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