Yoshito OKUBO
大久保嘉人 | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
底知れぬポテンシャルを備え、体格には恵まれずとも、それを補うだけのテクニックと一瞬のスピード、そして得点感覚も合わせ持つストライカーである。 福岡県苅田町立小にて1年生の頃からサッカーを始める。当初DFのポジションでプレーしていたが、6年の頃にFWへ転向、その後少年団監督の勧めで長崎国見中へ入学、2、3年と連続して全国大会ベスト8進出に貢献している。名門国見高校へ進学後、2年の時にレギュラーポジションを獲得、3年の時にはインターハイ、国体に加え、全国選手権では8得点を挙げ得点王を獲得し全国制覇、3冠に多大なる貢献をした。この活躍から数多くのクラブが獲得に動き、2001年にセレッソ大阪へ入団、2001年3月17日ファーストステージ第2節にてJリーグデビュー、その後数試合をスーパーサブとしてプレーした後、第5節ジュビロ磐田戦にて初スタメン初得点を記録する。しかし、この試合で相手DFと小競り合いを起こし一発退場という不運も合わせて経験している。その後左足首三角靱帯断裂の大怪我を負い、セカンドステージで復帰するもチームはJ2降格を屈する。しかし翌シーズンにはJ2ながら18得点を挙げその才能を遺憾なく発揮、1年でのJ1復帰に大きく貢献して見せた。2003年シーズンには久保と並び日本人得点王となる16得点を挙げる活躍が認められアジアサッカー連盟が選出するアジアヤングプレーヤーオブザイヤーに選出されている。2004年にはクラブを降格危機から救い、それを置き土産に自身の夢であった欧州、スペインの地へ活躍の場を移すと2005年1月9日デポルティボ戦にてデビューを飾り1得点1アシストと華々しいデビューを飾っている。その後怪我という不運もあり地位を確立する事は出来なかったが、シーズン終盤にピッチに戻るとチームの奇跡的残留に大きく貢献した。2006年よりJリーグへ復帰したが、セレッソ大阪のJ2降格を防ぐ事は出来ず2007年よりヴィッセル神戸に活躍の場を移している。 Uー19、20、21と各年代の代表を経験しており、ワールドユース大会こそ怪我で棒に振ったが初の国際舞台となった2002年アジア大会では全試合に先発出場、その能力はすでにアジアレベルを超えている事を証明する。2003年5月31日韓国戦にてフル代表デビューを果たすと同年6月11日パラグアイ戦にて初先発、初ゴールかと思われた得点は幻に終わったが、90分間を通して誰もが認めるパフォーマンスを見せたのである。その後代表に定着し19試合に出場したが、初得点を挙げる事が出来ず次第に代表から遠ざかっているのは残念な所、今後の巻き返しに期待したい所である。 (03/06/17 Created)(07/01/25 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||