Emmanuel OLISADEBE

エマニュエル・オリサデベ

エマニュエル・オリサデベのフォト
 フルネームエマニュエル・オリサデベ
 国籍ポーランド
 生年月日1978年12月22日
 出身地ウォリ(ナイジェリア)
 ポジションFW
 身長・体重177cm・73kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2002年グループリーグ敗退
所属クラブ
1996-97ジェスパー・ユナイテッド(ナイジェリア)
1997-01ポロニア・ワルシャワ
2001-06パナシナイコス(ギリシャ)
2005-06ポーツマス(イングランド)
2006-07クサンスィ(ギリシャ)
2007-APOPキニュラス(キプロス)

1対1の局面に絶対の自信を持ち、素晴らしいスピードと抜群の決定力を兼ね備えるポーランド代表初のアフリカ系ストライカー。

1997年、ナイジェリアのクラブチーム(ジェスパー・U)に所属していた頃にポーランドのクラブチームスカウトの目にとまり、入団テストを経てポロニア・ワルシャワに加入する。黒人プレーヤーである事でサポーターから差別的な侮辱を受けたり、時にはプレー中にバナナを投げ付けられるなどの屈辱に耐えながらの日々を過ごすがピッチで見せるパフォーマンスは次第に観客を魅了していく。新天地での3シーズン目にはリーグ12得点を挙げ、チーム54年振りのリーグ制覇、さらにはカップ戦のタイトルにも大きく貢献した。これだけの活躍を見せながらも母国ナイジェリア代表として呼ばれる事はなかったが、1999年のW杯予選前にポーランド代表監督に就任したエンゲル監督の強い要請もあって国籍変更を決意する。(エンゲル監督はワルシャワ時代のテクニカル・ディレクターでありオリサデベにとって恩師とも言える存在である。)異例の早さで帰化申請が認められると、その1ケ月後ルーマニアとの親善試合で代表デビュー、いきなり得点を記録すると初の公式戦となるW杯欧州予選ウクライナ戦では2得点を挙げ勝利に貢献、その後も得点を量産して通算9試合8得点で2002年W杯出場権(86年W杯以来)を決めた最大の要因となった。本大会ではその爆発力は影を潜め3試合で1得点の結果に終わり、現在は不振もあって代表を離れているのが残念な所である。

(01/09/29 Created)(08/01/15 Last updated)
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