Martin O'NEILL
マーティン・オニール | ||||||||||||||||||
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70年代後半、ノッティンガム・フォレスト黄金時代の主力であり、母国北アイルランドではキャプテンも勤めたスタープレーヤーである。引退後は知将としても手腕を振るい多くのタイトルを手中にしている。 クィーンズ大学時代は非常に優秀な学生であったが、それにも増してフットボールの技術が優れていたためプロサッカープレーヤーになる事を決意し中退。79/71シーズン、所属したディスティラリーの国内カップ優勝に貢献し当時チームを指揮したG・マッカリンデンの勧めでイングランドリーグのノッティンガム・フォレストへ移籍する。1971年11月13日WBA戦にてトップデビュー、以後主力として活躍しリーグ通算285試合48得点の記録を残す事となる。 ノッティンガム・フォレスト移籍初年度は2部降格の不運を経験し、しばらく1部復帰も叶わぬシーズンを過ごすが、1975年、名将ブライアン・クラフの監督就任によってチームは大きく変貌を遂げる。76/77シーズンに1部復帰を果たすと翌シーズンにはなんとクラブ創設以来初の1部リーグ優勝の快挙達成、40試合9得点を記録したオニールの存在も際立ったものであった。更にこのシーズンリーグカップも制し2冠を達成している。78/79シーズンにはチャンピオンズ・カップ優勝、この時はトレバー・フランシスの加入もあって決勝の舞台には立てなかったが、翌シーズンの同大会決勝の舞台にも立ち、大会連覇に大きな役割を果たした。 1971年10月13日ソ連戦代表デビュー以来主力として活躍し1982年W杯ではキャプテンとして全5試合に出場、1984年11月14日フィンランド戦を最後に代表を引退するまで通算64試合8得点の記録を残した。現役引退後は監督としてキャリアをスタートさせレスター・シティやセルティックに数多くのタイトルをもたらしている。また、2004年には現役時代を含めた功績が認められMBE(大英帝国5等勲爵士)を授与されている。 余談だがオニール自身は熱心なカトリック信者。当時カトリック教会とプロテスタントの対立が激しく、キリスト教徒として初めての代表キャプテンとなったオニールもまた、多くの嫌がらせを受けたらしい。 (07/02/03 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||