Michael OWEN
マイケル・オーウェン | ||||||||||||||||||
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俊足を生かした鋭いドリブルを擁し天性の得点感覚によってゴールを量産「ワンダー・キッド(驚異の少年)」の異名でも知られるイングランド代表ストライカー。 プロサッカー選手であった父テリーの影響もあり6才の時にはプロになる夢を抱く。オーウェンが7才になった頃には、すでに才能を開花させ始めジュニアの試合で20分間で9得点を記録するなどの活躍を見せると、Uー11では72得点を記録する。1997年リバプールユースを卒業、同年5月6日ミルトン・キーンズ戦にてトップデビューを果たし、試合には敗れたもののオーウェン自身はプレミア初得点を記録、翌シーズンよりレギュラーの地位を確立させゴールを量産すると通算18得点で得点王を獲得する。また、この活躍もあって97年代表初招集、98年2月に行われた親善試合チリ戦で代表デビューを飾り、これは当時イングランド20世紀最年少デビュー記録(18才59日)であった。1998年W杯でも、初の大舞台ながらズバ抜けた存在感を示し決勝トーナメントアルゼンチン戦、大会のベストゴールとも言える得点を決めその能力の高さを証明、マイケル・オーウェンの名を世界中に知らしめた。98/99シーズンに昨季に続くプレミア得点王を獲得、翌99/00シーズンは故障によって戦線離脱するも復帰後はゴールを量産、00/01シーズンのリバプールのカップ3冠にもその存在は不可欠であった。また、その活躍が認められ2001年ワールドサッカー誌が選出する世界最優秀選手、フランスフットボール誌が選出するバロンド−ルの2大タイトルに選出されている。 しかし、その後チームはタイトルから見放され、自身の夢でもあるチャンピオンズ・リーグ制覇を達成するため、スペイン強豪レアルへと移籍したが、皮肉にも移籍したこのシーズンにチャンピオンズ・リーグを制したのは古巣リバプールであった・・。更にこのシーズン、レアル・マドリードは無冠に終わり、途中出場の多い中13得点の活躍も空しいだけのものとなった。05/06シーズンよりプレミアリーグへ復帰したが大晦日に行われた第20節トッテナム戦にて中足骨を骨折、長期のリハビリを余儀無くさ、これを克服して挑んだ2006年W杯グループリーグ第3戦スウェーデン戦において今度は右膝靱帯を損傷する大怪我を負い長期離脱、レアル移籍以降試練の日々が続く。ただ、その年齢を考えれば、まだまだこれからの選手、ボビー・チャールトンの持つイングランド最多得点記録49ゴールを塗り替えるだけの力を持っているだけに、これを実現させ再び歴史に名を刻んで欲しい所である。 補填・代表として挑んだ2000年欧州選手権で背番号「10」を付けエースとして挑むが3試合1得点と振るわず、チームもまさかの予選リーグ敗退。しかし、2002年W杯では大会を通して高いパフォーマンスを見せ予選リーグでは無得点に終わるも決勝トーナメント1回戦デンマーク戦で1得点、試合に敗れた準々決勝ブラジル戦でもチーム唯一の得点を挙げている。 (01/03/15 Created)(06/08/19 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||