Walter PANDIANI
ワルテル・パンディアーニ | ||||||||||||||||||
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ヘディングの巧さと抜群の勝負強さが持味であり、熱いプレーでファンを魅了する元ウルグアイ代表ストライカー。 ウルグアイの英雄、フランチェスコリに憧れボールを蹴り始めバサニェスにてプロのキャリアをスタートさせる。その後母国の名門ペニャロールへ加入し才能を開花、1999年のリーグ優勝に貢献し翌年より前季スペインリーグ覇者デポルティボへ引き抜かれる。2000年9月9日A・ビルバオ戦にてリーガデビュー、時を同じくして加入して来たD・トリスタンがエースとして君臨したため多くの出場時間には恵まれなかったが、その負けん気の強さからスーパーサブとしてクラブの危機を幾度となく救い、同シーズンのチャンピオンズ・リーグ、パリ・サンジェルマン戦ではハットトリックを達成するなど決勝トーナメント進出に貢献して見せた。02/03開幕前にマジョルカへレンタル移籍、序盤こそゴールを奪えずにいたが第8節バジャドリー戦のハットトリックをきっかけにその後4試合連続ゴール等、通算14得点を挙げ高い決定力を見せつけた。チームの国内カップ優勝に貢献した後、03/04シーズンよりデポルティボへ復帰、バイエルンへ移籍したマカーイの穴を埋める活躍まではいかなかったが、それでも28試合14得点は素晴らしい数字であろう。04/05シーズン途中にイレルタ監督の構想から外れシーズン途中プレミアリーグ、バーミンガムへ移籍したが1年後の05/06シーズン途中に再びリーガ復帰、06/07シーズンUEFAカップでは大会得点王となる11ゴールを挙げチームの決勝進出に大きな役割を果たした。 ウルグアイ代表として幾度か召集は受けていたが2002年W杯南米予選となる2001年3月28日パラグアイ戦にて初の国際舞台に立った。しかしチーム状態も間々成らない時期にあり監督の信頼を勝ち得る事が出来ないままその後は代表から遠ざかる事となる。2002年W杯メンバーにも選出される事はなかったが、マジョルカでの活躍から2003年7月代表トレーニングキャンプに参加する。その後は若手の台頭もあり再び代表を離れたのが惜しまれる所である。 (01/12/16 Created)(08/01/07 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||