Pedro PAULETA
ペドロ・パウレタ | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
ポルトガル代表最多得点記録となる47ゴールを挙げて歴史に名を刻んだポルトガル代表ストライカー。左右両足から確実にゴールが狙え、ゴールエリアでの機敏さは相手ディフェンダーにとって脅威の何ものでもない。 フィーゴ、ルイコスタ等と同世代のプレーヤーであるペドロ・パウレタだが、その存在が脚光を浴び始めたのはスペイン移籍後の事。当時2部にあったサマランカに加入すると、いきなり19ゴールを記録し得点王を獲得しチームを1部に導く活躍を見せた。翌シーズンの開幕ラシン戦にてリーガデビューを飾ると、ここでも通算15得点をマークしその実力を証明、98/99シーズンよりデポルティボへ引き抜かれ99/00シーズンのリーグ初制覇に貢献した。その後フランスに活躍の場所を移すと、フランスリーグデビューとなるナント戦でいきなりのハットトリックを達成、その後も着実に得点を伸ばしこのシーズンリーグ2位となる20得点を挙げ大成長を遂げる。迎えた01/02シーズンも得点を量産、通算22得点を記録し、シセと並んで得点王に輝く活躍を見せると、このシーズンのフランスリーグカップ戦決勝でも2得点を記録する活躍を見せ優勝に大きく貢献している。02/03シーズンにも23得点を挙げる活躍を見せチームを牽引、2年連続の得点王こそ逃したがフランスリーグ最優秀外国人選手に選出されシーズン終了後には母国大統領より国家功労賞を授与されている。パリ・サンジェルマンへ移ってからも頼れるストライカーとして変わらぬ活躍を見せると05/06シーズンには21得点でフランスリーグ2度目の得点王に輝いている。 1997年8月2日アルメニア戦にて代表デビューを飾り1998年W杯欧州予選では経験不足から本来の能力を発揮出来ず本大会出場権も逃す結果となったが、その後フランスリーグでの成長が代表不動のエースとしての道を切り開いて行く事となり、2002年W杯欧州予選では全試合に出場しチーム最多の8得点を挙げる活躍を見せた。本大会ではグループリーグ第2戦ポーランド戦にてハットトリックを記録するなどの活躍を見せたがチームは予選リーグにて敗退、母国で開催された2004年欧州選手権では惜しくも準優勝に終わりパウレタ自身は無得点に終わった。それでもエースの地位は揺らぐ事なく2006年W杯欧州予選では全試合に出場し11得点を記録、予選2005年10月ラトビア戦では母国の英雄エウゼビオの持つポルトガル最多得点記録(41得点)の更新に成功するなど、2大会連続のW杯出場に多大なる貢献、迎えた本大会では1得点と不本意な成績に終わったが、それでもチームのベスト4進出に欠かす事は出来なかったであろう。大会後代表を引退、通算88試合47得点と偉大なる記録を残している。 (02/03/12 Created)(07/02/25 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||