Angelo PERUZZI
アンジェロ・ペルッツィ | ||||||||||||||||||
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ゴールキーパーとしては小柄ながらシュートに対する抜群の反応と瞬発力でゴールを死守、ポジショニングにも優れており、有能なゴールキーパーを輩出するイタリア代表においても偉大なる守護神の1人であった。 セリエA強豪ローマにてキャリアをスタートさせたアンジェロ・ペルッツィは16才でトップ昇格を果たし1987年12月13日ミラン戦にて弱冠17才でセリエAデビューを飾るがドーピング疑惑での出場停止処分等、不運が重なり正守護神のポジションを獲得出来ず、89/90シーズンにヴェローナへレンタル移籍、チームのB降格を防ぐ事は出来なかったが29試合に出場し多くの経験を積む事となる。91/92シーズンよりユベントスへ移ると92/93シーズンより正守護神として君臨、このシーズンのUEFAカップ制覇に貢献すると翌94/95シーズン、クラブにとって久々であり自身にとっては初となるスクデットを獲得し名実共に世界を代表する守護神となる。翌95/96シーズンにはチャンピオンズ・リーグ決勝アヤックス戦にてPK戦までもつれた混戦を2本のPKを止め制するなどの活躍を見せた。その後も安定した活躍を見せて通算3度のスクデットに貢献チャンピオンズ・リーグでは3年連続して決勝に進出するなど90年代半ばの黄金期を築いた。その後クラブとの契約更新が合意に至らず1999年にチームを去り1年間インテルにてプレーした後00/01シーズンよりラツィオへ加入、年齢的な衰えが囁かれるも、プレーでこの影口を打ち消し03/04シーズンにはコパ・イタリアのタイトルに大きく貢献する活躍を見せた。06/07シーズンを最後に現役引退となったが2008年1月に発表されたオスカー・デル・カルチョにおいて最優秀ゴールキーパーに選出され花道を飾った。セリエA通算478試合出場。 代表キャリアはUー21イタリア代表として1989年1月にデビューし主力として活躍、1992年五輪では代表に選出され2試合に出場している。やがてユベントスでの活躍が認められ知将サッキによってフル代表に召集、1995年3月25日エストニア戦においてデビューを飾った。その後当時代表守護神であったパリュウカと熾烈なポジション争いを演じ1996年の欧州選手権では正守護神としてプレー、しかし、1998年W杯では怪我の影響からメンバーに選出されずその後のブッフォン、トルドの成長から1999年2月ノルウェー戦を最後に代表から遠ざかる事となる。しかし、クラブレベルでは衰え知らずの高いパフォーマンスを維持し続け、その結果、2004年4月28日スペイン戦において誰もが予想しなかった代表復帰を果たし、同年欧州選手権メンバーに選出、更には2006年W杯メンバーにも選ばれ優勝メンバーに名を列ねた。年齢的に第2GKである事は致し方ないがブッフォンの後ろにもう1人世界有数のGKが控えているのは頼もしい限りであった。 余談だが、怪我の影響、更には実力を分けたパリュウカという存在があったためイタリア代表キャップ数は31試合と控えめ、仮に他国ならば、この3倍以上のキャップ数を誇ったのは間違いないだろう。 (04/05/21 Created)(08/01/29 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||