Silvio PIOLA
シルヴィオ・ピオラ | ||||||||||||||||||
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セリエAにおいて今後破られる事は不可能とされている274得点の歴代最多得点記録保持者であると同時に1938年W杯での母国の連覇にも多大なる貢献をしたイタリア代表史上最も優れたストライカーの1人がシルヴィオ・ピオラである。空中戦に強く、長身に似合わず柔軟な身体を活かしたアクロバティックなシュートでゴールを量産し人々を熱狂させた。 ロンバルディア州で生まれたシルヴィオ・ピオラは3才の時父親の他界からヴェルチェリへ移り住む。その後地元のプロチーム、プロ・ヴェルチェリへ入団するとイタリアで全国単一リーグとなった29/30シーズンより注目を浴びる存在となり、毎シーズン常に2桁得点を挙げる活躍から1934年にラツィオに引き抜かれる。加入後すぐに不動のストライカーとして君臨すると36/37、42/42シーズンと2度の得点王を獲得(両シーズンとも21得点)、当時インテルに所属したジュゼッペ・メアッツァが彼の獲得を切望する程の存在となったが兵役が障害となり、インテル入りは実現しなかった。その後、ユベントス、トリノ、ノヴァラと渡り歩き、単一リーグとなってから通算274ゴール、それ以前を含めると290ゴールの金字塔を打ち立て現役を引退する事となる。 ピオラの代表デビューは1935年3月24日オーストリア戦。当時世界屈指の強さを誇ったオーストリア代表との試合であったが、このデビュー戦で後半16分、39分と2得点を挙げ2ー0の勝利に貢献、1938年W杯では決勝の2ゴールを含む通算4得点を記録し大会連覇に大きく貢献する。戦争などの影響から代表通算34試合にしか出場していないがそれでも30得点を記録、その後歴代1位の35得点という記録を樹立するルイジ・リーヴァは「ピオラの再来」としてその名を知らしめる事となる。 (03/04/28 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||